真夜中のサイクリング

SNSで炎上する案件が増えている。
TwitterSNSではないという話があるが
ここでは十把一絡げにしてSNSとしよう。

 

炎上について様々な意見があるが
は「奥ゆかしさの消失」だと思う。

ダイバーシティが叫ばれ
同性パートナーシップが登場し
LGBTうんたらな話が賑わう昨今で
時代錯誤だと言われるかもしれないが
私が伝えたいのはそういうことではない。

 

"I love you"を"月が綺麗ですね"と言ったり
"私と結婚してください"を
"君の作る味噌汁を毎朝飲みたい"と言ったり
はたまた "真冬の寒い深夜頃"を
"電気ストーブの低いノイズと
   君の寝息がとける頃"と言ったり
なんていうか、私はそういうのが好きだ。

ここ何年かSNSをやっていて感じるのは
何かを伝えるときには直接表現しないと
まるで伝わらないことが多すぎる。

ラブソングを聴いていても
「好き」とか「愛してる」とか
直接表現するのが多くなっていると思う。

別にそれが悪いということではない。
そういう時代なのだと思う。

奥ゆかしさの「欠如」ではなく
「消失」としたのはそのためである。

 

友人は私生活をTwitterには書かない。
書くとしても日々見つけた小ネタか、
誰に何を言いたいのかよくわからない
謎の呪文のようなフレーズか
猫の写真である。

私は私生活の話を書いたりしているが
喜怒哀楽の表現はあまり使わないせいか
「普段何をしているのか
 何を考えているのかよくわからない」
と言われることがある。

 

考えていることは書いていないので
わからないのは当たり前である。

 

強いて言うならこのブログについては
多少感情を交えて書いてはいるが
言いたいことは書いていなかったりする。 

 

少なくともこのブログを通して
自分のことを知って貰おうとか
誰かと出会いたいという趣旨は無い。
勿論、良いきっかけとなって
出会うことがあるかもしれないけれど
それは本来の私の目的ではない。

長くなるのでブログを始めた理由は
別の話にしようと思う。
そのうち書く。たぶん。

 

 

同調圧力が苦手である。

お泊り会をした時に一人が突然
「好きな人の話」を始める。
始めた人から順に恋愛の話をし
話したくない話題なのに
無理やり話さなきゃいけないやつ。
そういうのが苦手である。

とはいえ話さないのも興ざめするし
適当な話が一人歩きされても困る。
結局「そんな人いない」とか
そう答えて終わってしまい、
「あいつはつまらない人間だ」
などと言われたりする。

SNSではいつからか
自分のことを話すことが当たり前になり
誰かと2人でどこかに行った話を
一人が書いてもう一人が書いていないと
「何か書けない理由があるの」
と思われたりすることがある。

 

別に書けない理由はないけど
書く理由もない。

 

ただそれだけである。

自分が当たり前と思っている感覚を
知らないうちに押し付けないよう
気をつけたいと思う。

万人に伝えるべきことかどうか
そんなことは自分で決めることだ。
個人の感情や考えなら、なおさら。

 

その辺の私と友人の感覚は
近いところにあるので、楽である。

 

 

ある夜、自宅でエロ動画を漁っていると
友人から連絡があった。

"いま彼氏と一緒にサイクリングしてて
 ○○駅(私の最寄駅)にきた"

友人の彼氏には会ったことがなく
今度紹介してよ~と何度も言っていた。
「タイミングを図っている」と言われ
全然紹介されていなかったのだが
ついにその時がきたのだ。

"サイクリングデートいいね!
 どこいるの?そっちいくよ"

そう返事をして、
せめて変な友人と思われないように
何を着るか服を選んでいたのだが、
その後返信が途絶えた。

 

事故ったのだろうか。

心配していたら30分後に返信があった。

 

"すでに通り過ぎて別の場所にいる"

 

なんだこれは。

 

私に紹介する訳では無かったのか。

 

家を出る気満々だった私は落胆したが
友人は私に何を言いたかったのだろう。

 

 

ああ。

 

ノロケか。

 

友人は私に
「いま彼氏といるぜヘイヘーイ」
ということ伝えたかったのである。
もしくは
「最寄駅に来たからなんとなく連絡した」
ということであろう。

 

どちらにせよ、嬉しい事である。

ノロケることをあまりしない友人が
私にデートを報告してきたのも、
会う訳でも無いのに連絡してきたのも。
他の人にはしないことだろうなと思うと
友人冥利に尽きるのである。

 

私もサイクリングデートに行きたいと思い
家の外に置いてある自転車を見た。

籠付の錆ついたママチャリでは
デートの相手に申し訳ないと思ったが
おそらくママチャリも望んでいるまい。

夜の風は、歩いても感じられるのだ。