ゲイがつらつらと書くブログ。

一枚の付箋

職場の話。

 

私は現在、大学で派遣職員として勤務している。とはいえ、大学との契約が派遣というだけで、別の会社(ここでは本社と記述する)の正社員である。大学内の業務を業務委託として請負うために、派遣職員という形で所属し、業務の分析を行い、提案し、委託化するといったミッションを持っている。私は、業務委託を請負う本社の正社員なのである。昨年5月下旬に入社したので、まだ1年も経っていない上、全く知らない業種に1人で放り出されたため右往左往していたが、(自分で言うのは憚られるが)持ち前の能力とコミュニケーション力で無難にこなし、しかも新規開拓の職場で1人派遣で入っているところを、4月から2~3人の業務委託契約まで繋げた薄給の私は、会社的には充分貢献していると言えるのではないだろうか。


そんなこともあってか、本社が主催する下半期の優秀者の一人として推薦されることとなった。日頃から「この給料でこれだけ仕事する人いないですよ」と同僚や直属の上司(♀)に愚痴っており、その甲斐あって4月からは大幅に昇進することになったが、傍から見たらモンスター社員である私なので、多少配慮をされた形でもあると思う。先日、その推薦者が集まるパーティーに参加をしてきた。


推薦者が何人位いるのか、そのパーティーでは何が行われるのか、あまり知らないまま参加した私も悪いのだが、上司の「楽しんできて下さい」という一言を信じて某ホテルへ向かった。会場はホテル最上階のレストラン。普段大学で仕事をしているときはネクタイを締めないのだが、本社でノーネクタイだと色々言われるので、今回もそのパーティーだけのためにネクタイを締めて向かった。派遣先で許されていることが本社で許されないという、よく分からない風土である。というか、本社の風土はとても古臭い。1970年代に創立し、創業40年以上と私が生まれる前からある会社だけあって、古い文化が未だに残っている気がする。上司はどちらかというと私と同じ考えであり「今の制度は良くない」ともしている上で「変えようとしているが、正しいことを言うだけでは変えられないし、女性というだけで虐げられる。それに実力どうこうよりもゴマすりで伸し上がってきている人が殆どだから、逆に実力がある人は叩かれたりする」と言っていた。上司は歯に衣着せぬ物言いをする人なので、アグレッシブな表現をしてしまったのだろうということは想像できたが、会社のためになることを言ったり実行したりしているのに叩かれるとは。小学生が教室でマジメに掃除をしていたら同級生に「なにお前マジメにやってんだよー」となじられているのと一緒である。その話だけで社内の人間の器の小ささを表現するには充分である。


パーティーにはおそらく会社の重役や役職者が参加するであろうことから、彼らがどんな人間性なのかを確かめるのも一つの目的であった。果たして私は、この会社に居るべきなのか、給料は上がるのか、上に立つことができるのか、可能性を探りたかった。別に私は偉くなりたいわけではない。給料を上げたいのである。この会社でそうなるためには、偉くならないといけない。それなりの仕事をしてそれなりの対価を貰えれば私としては不満は無いし、なるべく早くそれなりの仕事をしたいと思っている。能力だけではなく外堀を埋めるような人海戦術も必要であるので、社内の役職者に顔を売る絶好の機会であると共に、自分の今後の判断をするきっかけとしたかった。

 

結果として、私は絶望した。

 

ネクタイをしっかり締めて向かったホテルの最上階の受付では、名札とプログラムが用意されており首から提げてレストランへ向かった。そこで出迎えていたのは、色とりどりの蝶ネクタイをつけた会社の重役や管理職であった。楽しい雰囲気を作り出したいのは分かった。私は中に入ってプログラムを見た。そこには私と同様に推薦された社員の氏名と部署と功績が書かれていた。全部で40名程であろうか。本社の社員の人数から換算すると全体の13%くらいであろうか。功績は一行で簡単に記されているので、どの程度貢献したかもわからないし、果たしてこれが貢献なのかも理解できないものもある。というか新規顧客とのそこそこの額の新規契約という、少なくともここ数年できていなかったことを1年もかけずに1人で行った私と同じくらいなのかというと果たして疑問である。もしその結果をこのパーティーのみで終わらせようものなら、温厚な私でもブチギレ確実である。


そんな私を余所にパーティーは始まった。重役の挨拶に始まり、予め指定されたテーブルで料理を食べる。同じ部門の人間が同じテーブルに集められたが、それぞれ違う場所で派遣や業務委託で働いているため、面識が全く無い。しかも職種柄、8名いるテーブルで男性は私だけであった。各テーブルには重役がそれぞれついて場を取り持つ予定だったらしいが、私のいるテーブルには重役が居なかったため、誰も口を開くことなく黙々と食べる行為のみが行われた。とはいえそれは忍びなかったので私が「皆さん初めましてなので自己紹介しませんか?」と口火を切って、なんとなく自己紹介が始まった。そういった役回りは割と得意なのでそれぞれの紹介を回していくと、不思議なことを言う人が何人かいた。

 

「私、なんでここに推薦されたのかわからないんです」

 

会社として業績を上げたわけでもなく、何か貢献したわけでもない人もどうやら居るようだった。おそらくだが、この推薦者たちは「各部署から必ず一人誰かを推薦しなければいけない」というルールの元に推薦されたのではなかろうか。そう思ったときから、私はこのパーティーの趣旨をなんとなく理解し始めていた。

 

これは、単なる飲み会だ。

 

上半期、下半期の推薦者を呼んで高価な食事を楽しんでほしいと謳いつつ、ただ飲み食いをする場なのだ。推薦対象者は40名、しかしそれ以外に所属長や管理職が20名ほどいる。表彰とは名ばかりの、ちょっとリッチな立食パーティーに過ぎない。集まった推薦者から、この場に呼ばれて嬉しい、という発言も無ければ、達成した充実感を顕わにする人もほぼ居ない。そのくせ、運営側の所属長や管理職はいかにも楽しそうにその場を過ごしている。目的が業績を達成した社員への還元であるのであれば、あまりにも運営側の独りよがりではないだろうか。


途中で席替えがあり、指定されたテーブルへ向かった。同じ部門だけでなく、他の部門の社員や重役とも交流を図れということだ。テーブルには2人の重役が居たが、どちらも私とは異なる部門であった。さて、どう出ようかと思っていたが、重役2人は自分の所属部門の部下とだけ話し、私を含む他の部門の社員とは名前を訊いたのみで以降は一言も口を聞かなかったのである。人見知りか。人見知りなのか。だとすると何のためにここに居るのか、その蝶ネクタイは飾りなのか。蝶ネクタイひとつで道化を演じられると思っているのなら浅はかなことこの上ない。しかも重役は社員にどんな仕事をしているのか聞くわけでもなく、ずっと自分の話をしているのである。部門の異なる私含め数人は取り残されたままであった。

重役2人のうち1人は取締役の男性だった。部下の綺麗めの女性とだけ楽しそうに話し、時折身体を小突いたりしてスキンシップを図っていた。いや、それセクハラやん。私は最近見た「セクハラと訴えた女性は嫌がっておらず拒否しているようには思えなかったとのたまう男性」というヤフーのニュース記事を思い出していた。

 

それでも金一封でもあればまだ我慢できる。それだけあればもう他のことには目を瞑っていい。と半ば諦めた気持ちで、ジンジャーエールと間違えて手にしたハイボールを飲みながら私は思った。そんな中、司会の女性社員がゲームをするとアナウンスしていた。

 

「ゲームは、本日来ている取締役3名にまつわるクイズです!」

 

ほう。

 

「商品は、なんと…金一封です!」

 

本日一番聞きたくなかったワードである。
商品として金一封が用意されているということは、ゲームに勝たなければ貰えないということである。説明によるとクイズは3択で勝ち残り制であり、取締役1名につきクイズ優勝者1名に商品がもらえる。つまり貰えるのは3名のみである。40名中3名、確率は10%以下。

 

「第1問、取締役Aさんの血液型は?」

 

知らねえ。

 

そしてしょうもねえ。

 

完全に運ゲーのクイズになんとなく参加するも2回とも初戦敗退。もはや勝っても負けても嬉しくない戦いであった。3回目も参加するかーと思い腰を上げたところ、どうやら3人目の取締役に関してはクイズではないらしい。

 

「取締役Cさんはクイズではなく、Cさんとじゃんけんして勝った人がもらえます!」

 

小学校の給食であまったプリンの争奪戦か、はたまた結婚式の二次会か。じゃんけんて。何度か勝ったが優勝できるはずもなく、怒りに任せて何度か拳で空を切っただけだった。ほとほと呆れたところで一本締めとなり、解散となったが、セクハラじゃないかと前述した取締役は、先程セクハラしていた女性社員の肩を抱いていた。取締役だし誰も言えないけど、私は忘れない。いつかの武器にとっておこうと思ったが、その写真を撮るのを忘れていた。

帰り際にお土産としてパウンドケーキを手渡された。引き出物か。私が欲しいのはケーキではない。お金も勿論欲しいのだが、一番欲しかったのは、「あなたのおかげで成功した、ありがとう」であった。心にぽっかりと空いた穴に、帰り道の北風が吹き込んでくる。なぜこんなに寂しい気持ちになるのだろう。

 

 

大学で派遣として働いているが、本社でこういうのに推薦されたんです、という話をしたら皆喜んでくれた。派遣先の所属長ともう一人にしか伝えていなかったのだが、当日の朝には部署の皆が知っていて、おめでとうと言ってくれた。いつも私にお菓子を与えて餌付けしてくれる女性社員がいるのだが、その人は大きめの付箋に"表彰状"として日頃の感謝の気持ちを手書きで綴り、私の机に貼ってあった。


私は、人の心を動かすのは、最終的には人の心だと思う。派遣先の職場の人たちが本当によくしてくれて、その人たちの為に頑張ろうという気持ちになる。私は高いディナーよりも、お土産のパウンドケーキよりも、金一封よりも(貰ってないけど)、派遣先で頂いた一枚の付箋のほうが嬉しかった。同時に、自分の本社に対する憤りは増し、今後の身の振る舞いを考えていかなければならないな、とパーティーの招待状をシュレッダーにかけ、ノートに付箋を貼り付けた。

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