ゲイがつらつらと書くブログ。

洗濯が終るまでは

今の部屋に越して5年近く経つ。前に住んでいた家は隣駅にあり、交通の便はそこまで変わらなかったが、部屋の構造に少し難があったのと、年をとって少し良い部屋に住みたかったのと、色々な踏ん切りをつけて気持ちを整理をしたかったのとで、思い切って引越しをした。その際に家具は冷蔵庫と電子レンジ以外全部変えた。シングルのベッドは良さげなマットのセミダブルにし、地デジ非対応のテレビデオは捨て、パソコン用の机や椅子も一新した。当時付き合っていた人に引越しを手伝ってもらい、結局その人とは私の不貞が原因で別れてしまったのだが、それはまた別の話である。

新調した家具の中で最も買って良かったと思ったのは、洗濯乾燥機である。ベランダが無く洗濯物を干すスペースが上手く取れないこともあり、少々値が張ったが、洗濯から乾燥まで一気に終わらせてくれるこの洗濯機は人生で1、2を争う良い買い物だったのではないだろうか。ものぐさな私としては、できれば洗濯物を畳むところまで機能として付けて頂きたかったが、流石にそれは今の技術では難しく、嫌々ながら服を畳んでいる。それにしても、朝スイッチを入れて仕事が終わって帰ってくると乾燥まで終わっているのは、朝から晩まで仕事をして干す時間がとれない私の生活にかなり貢献している。

そんな洗濯乾燥機だが、5年近く使い続けているせいか、段々と挙動が不審になってきた。洗濯する際の音がだんだんと大きくなったり、洗濯を開始すると、あと何時間で終わります、という表示がされるのだが、乾燥時の残り10分になってから1時間以上待たされるのである。洗濯機に嘘をつかれるのはなんだか嫌だったが、朝にスイッチを入れて帰る頃には終わるので、そこまで気にはならかった。家に人が来る機会はあまり無いが、来るときは極力控えるようにしている。

 

新しい職場で働き始めてから3か月が経ち、かなりブラックな環境だと確信しながらも、忙しさの半分くらいはコロナのせいだったので、これは普通ではない、落ち着いたらもう少しゆとりをもった生活ができるはずだと言い聞かせながら働いている。家に着くのは23時を過ぎることも多いので、平日夜の出会いは当分難しいかなと、出会い系アプリは1日に1回くらい開いて事業仕分けの如くマッチングするくらいしかしていない日が続いていた。それでも時々メッセージをくれる人も居て、久しぶりに年上の人からお声がかかったので、会ってみることにした。

若い頃は週に何回も出会うほどフットワークが軽かったが、年のせいか出会い1回に使う体力の消耗が激しく、近頃はあまり出会うことをしなくなっていた。20代の頃は年上に恋焦がれていた私も、30を過ぎた頃から年下と好んで会うようになっていた。年上と初めましてをするのは久しぶりだなと思い、もしかしたら恋愛をするなら年上と落ち着いた感じで過ごすほうが自分にとっては幸せなのかなとも思い、下世話な話だが、いざ求められたら答えられるようにヤれるだけの精力を溜めて会うことにした。

関係を持つにせよそうでないにせよ、自分の部屋は掃除が必要なほど散らかっていたので、何かあっても今回は自分の部屋に呼ぶことはないと思い、特に掃除はせずに溜まった洗濯物を洗濯乾燥機に投げ入れ、スイッチを入れて家を出た。少し雨が降りそうだったが、会う場所は新宿、家から最寄駅まで徒歩4分、新宿まで電車で30分とかからない距離なので、まぁいいかと思い傘は持たずにドアのカギを閉めた。

新宿に着くまでの電車の中で、私は妄想をする。もしお互いに良い感じでこれが恋愛に発展したらどうしようか。毎週末一緒に過ごすことになるのだろうか。2人でどんなところに行って何を食べようか。毎日連絡を取ることになるんだろうか、いずれは一緒に暮らすんだろうか。相手のアプリの写真は、どストライクではなかったが、気になるタイプだったので、私は勝手にイメージを膨らませながら待ち合わせ場所に向かった。

 

メッセージで約束した場所で私は相手を見つけた。アプリでは若い感じであったが雰囲気は年相応、写真では気になるタイプではあったが、写真とは少々異なり、私が気になるタイプではなかった。いや、しかし、人を見た目と第一印象で決めつけてはいけない。めちゃめちゃ良い人かもしれないし、凄い面白い人なのかもしれない。そう言い聞かせながら、私はとランチの店を探した。優柔不断で準備不足な私は、やはり店を決めていなかった。

「新宿に着くまでに、お店を探してみたんですよ」

そう言っては、スマホでいくつかの店を見せてくれた。私がアプリでプロフ欄に書いていた好きなものから、新宿でお店を探してくれていた。とはいえ、彼も新宿にそんなには来るわけではないらしく、地図を頼りに一緒に店を探した。結局そのお店はやっていたものの混雑していたため、入店を断念して、私が時々行く食事処に向かった。

個室の席に通され、一息つく。オッサンらしくオシボリで顔を拭いた後で、私たちは改めて自己紹介をした。仕事のこと、最近の東京のこと、恋愛観のこと。初めて会う場合、何を話しても初めて聞く内容になるから、楽である。友人が聞き飽きた話も、ブログに書いた話も、仕事の鉄板エピソードも、なんでも会話のエッセンスになる。お互いに色々な話をしながら、私は、彼が私に少なからず興味を持ってくれていて、一歩先の関係に進みたいであろうことを確信し、私は彼に恋愛感情をもつことはないことを確信した。

ランチを食べた後、私はこれ以上彼と一緒に居るのが辛くなってしまった。彼の気持ちに私は答えられない。しかし彼は新宿まで1時間ほどかけて来ており、1時間ちょっとのご飯で解散するのは彼に申し訳なく思い、お茶でもしましょうとカフェに向かった。

 

以前、友人に誘って貰ってゲイのチャットグループの会話に参加した時、話題になったことがある。

「リアルして楽しく過ごしたと思ってたんだけど、そこから連絡がつかなくなったりブロックされたりすることがあるんだけど、あれは一体どういうことなのか」

顔の知らない誰かがそう言って、憤っていた。

私にはどういうことなのかわかっていたが、その場では何も言わなかった。相手に興味が無くても、たとえもう会う気が無くても、楽しく過ごしているよう装うことがある。たとえ興味が無くても、嫌な奴だと思われたくない。嫌われたくない。良い人だったと思われたい。そのエゴイズムは、時に相手を惑わせ、憤らせる。ではそんな時はどうしたらよいのか。最適解が話題に出ていたような気がするが、私は思い出せなかった。

 

ハッキリ言わないと伝わらないこともあるし、言わなくても察することもある。その感覚が異なっていると、意思の疎通ができず、誤解を生み、関係をダメにしてしまうことがある。自分にとっての当たり前が、相手にとっての当たり前ではない。以前の恋愛で、私は嫌という程痛感していたし、カフェで話しながら、私はどうやって彼に自分の気持ちを伝えようか悩んでいた。

彼は私の話をよく聞いてくれていたし、話してつまらなかったわけではなかった。けれど、恋愛の相手としてはやはり見れなかった。彼も同じ気持ちであれば釣り合いがとれていたが、彼は私を恋愛の対象と見ていることを、彼の言葉の端々に感じていた。このままでは、まずい。私は彼に興味が無いことを伝えなければ、期待だけをさせてしまい、いずれ彼を傷つけてしまうことになる。悪手を打たないよう、言葉を慎重に選んだつもりだった。

「自分の恋愛の対象は年下なんです」

なんでもないように言ったつもりだったが、相手の表情は分かりやすく曇ってしまった。恋愛対象の人から、あなたは恋愛対象ではないですよ、と言われたのだから、嬉しいはずがない。それでも、とても話しやすいですし、話していて楽しいですよ、とフォローを入れたものの、私の言葉は空を切った。実際、彼は良い人だと思う。仕事の話をしていても、とても誠実だし、真面目な人なんだろうなと思う。だから余計に、期待をさせたくなかったし、私も彼に対してせめて誠実でありたかった。黙ってブロックされるよりも、連絡がとれなくなるよりも、どう思われているのか分かったほうが、伝えたほうが、相手に対して誠実だと、思う。しかし果たしてこの形が彼にとって誠実であったかどうかは、私にはわからない。何も告げずに居なくなったほうが、良かったのかもしれない。

話が一息ついたところで、カフェを出た。時刻は17時前。夕飯には早い。私は明日の仕事があったし、気持ちのモヤモヤと彼に対する申し訳なさで、居たたまれなくなっていた。これ以上一緒に居られない。作り笑顔が崩れそうだった。仕事疲れが溜まっていたのもあり、体調も良くなかったので、彼に伝え、帰ることにした。

「また、会ってもらえるかな」

彼は言った。私は、はい、と答えた。食事をするくらいなら、と余計な一言を付け加えた。もう会うつもりが無かった私は、最後まで誠実になりきることはできず、嘘をついた。私との時間は楽しかったのだろうか。また会いたいと思って貰えたのだろうか。今日のこの時間を、無駄だったと思われなかっただろうか。私は良い人になれていたのだろうか。誠実であっただろうか。エゴイズムを飲み込みながら、私は帰り道を歩いた。空はずっと曇り空で、雨が降る匂いがした。

 

家に着くと、洗濯機がまだ音を立てて動いていた。乾燥のフェーズになり、表示は残り10分。おそらくあと1時間くらいはこの表示のまま動き続けるのだろう。嘘つきの私は、嘘つきの洗濯機を責めることは出来ない。

気付けば窓の外は雨が降り出していた。やっぱり買って良かったよと、嘘つきだけど、居てくれて良かったよと、私は洗濯物を畳むのであった。

 

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