ワーカホリックは愛する人の夢を見るか?
「もしかして誕生日だった?」
友人から連絡が来たのは、3月も終わろうとしていた暖かい日だった。メッセージを遡ると最後に友人と会ったのは昨年の9月。何度かやりとりをしていたが、やりとりも最後は昨年の11月で終わっていた。
私の誕生日は3月の半ばだよ告げると「ご飯に行こう、何食べたい?」と訊かれたので、仕事に疲れていた私は「優しい気持ちになれるもの」とリクエストした。うるせえという小言と一緒に友人が提案した「じゃあマシュマロだな」を却下し、肉が食べたいと再度リクエストした。優しさと肉が繋がらないと言った友人は、翌月の週末にお店を予約してくれ、半年ぶりに友人と会うことになった。
3月が年度末となる職場では、2月に入ると私の部署は台風の目となった。他社では2,30人で回している業務を5人で行わなければならず、そんな時に2人が新しく配属され業務を分担するのも束の間、部署のリーダーが3月半ばで退職するという緊急事態に見舞われた。1人で7人分くらいの仕事をしなければならず、
そんな最中に誕生日を迎えたのだが、深夜のコンビニでケーキを買って食べたくらいで、お祝いよりも労りを求めていた。自分の誕生日は大事にしたいと考えていた私だが、35回を超えた辺りからあまり拘らなくなった。年明け一発目に耳にする音楽は自分が好きな音楽がいい、と年明けすぐに自分の部屋に籠りカセットデッキの再生ボタンを押していた中学生の私に聞かせたら、呆れて開いた口が塞がらないことだろう。今年はどんな曲を聴いたのか、もう覚えていない。
とはいえ、自分の為に時間を作ってくれたり、お祝いしてくれたりするのは素直に嬉しい。人を喜ばせることは好きだったが、いざ自分が逆の立場になったとき、嬉しいのに恥ずかしくて素直に喜べなかった中学生の私に、職場でお菓子を貰ってやったーと両手と声を上げて喜んでいる今の私を見せたら、また呆れられるだろうか。
私が肉と言ったのでおそらく焼肉であろうと、臭いが付いても困らない服装にした。割と友人との約束には時間通り行っているつもりだったが、いつだったか寝坊してやらかしてしまった前科が私にはあるため、家を出るころに「起きてる?」と友人から連絡があった。彼の中で私はだらしない人間に分類されているのだろうか。脱いだまま洗濯をしていない服が床に散らばっているのを見ながら、だらしないのは事実か、と自分に言い聞かせて玄関の戸を閉めた。
友人とは新宿で待ち合わせた。ラフなアウターを着ていたが、友人はそんな私をオッサンくさいと言い、37はもうオッサンだよと私は返した。しかし年齢にかまけて服装に気を遣っていないのではなく、元々お洒落に疎い私である。服装にきちんと気を遣っている1つ上の友人を見ながら、これは年齢に甘えてるだけだなと自分を戒める結果になった。
到着した焼き肉屋では、対応が今一つな店員にヤキモキしつつも、なんだか高そうな肉に舌鼓を打ち、会っていなかった半年間であった出来事を話した。最近友人はゲイ向けの動画配信アプリで配信していて、そこで知り合った人と会ってご飯を食べたりしているらしい。多趣味な友人は相変わらず凄いなと思いながら聞いていた。私は自分に自信が無いから、配信には向いてないなと思う。だらだらと書きたいことを書いたり、下手くそな漫画を描いたり、部屋の中で一人踊ったりと、自分の世界で自分のやりたいように過ごすのが好きである。誰かに見られ、覗かれ、何かの拍子に否定されてしまった時に、自分を否定されてしまうような気がして、そんなあるかどうかもわからないリスクを勝手に懸念して、一歩踏み出せないでいる。今は起きている時間のほぼ全てを今は仕事に費やしてしまっているので、そんな暇無いなと自分に言い訳を重ねた。
私はこの半年何か新しいことを始めたわけでもなく、かといってプライベートで大きく何かがあったわけでも無かったので、友人の話を色々と聞いていた時間のほうが長かった。その中で「コンプレックスを克服するために習い事をしていた」と友人は言った。そもそも友人にコンプレックスがあったことに驚きを隠せなかったが、40手前で自分に向き合って行動に移せているバイタリティに素直に感心した。器用貧乏だがコンプレックスだらけの私は、これからの人生の中で、立ち向かっていくことができるだろうか。
ふと友人と出会った頃のことを考えていた。友人と出会ったのはいつだっただろうか。私が最初の職場にいた頃から知っていたので、もう10年になることに気付く。「もう10年経つんだねぇ」としみじみと私は言い「こういう関係が続くと良いねえ」と続けた。
「それは思ってても言わないほうがいい」
友人はそう言って焼いた肉を頬張った。
私は20代の頃、ずっと友達だと思っていた仲間と上手くいかず、人間関係で苦しい思いをしていたが、友人もまた、私と同じような経験をしていたことを思い出した。私とは理由も違うし、苦しんでいたかどうかはわからないが、友人も私も、人は何かのきっかけで簡単にバラバラになってしまうということを身をもって知っている。ご多分に漏れず私たちの間にも、そんな脆さはあるのだろう。希望を共有したかった私だったが、敢えて口にしない友人にも共感しつつ、そうだね、と答えてゆずサワーのグラスを空けた。
食事を終えて、カラオケでも行くか~と話していたが、このご時世遅くまで営業はしておらず、また次の機会だねといつもより暗い新宿で別れた。久しぶりに酔っぱらい、今日はゆっくり眠れそうだなと帰りの電車に揺られていた。
眠ることが好きな私はあまり夢を見ない。見る時は疲れていたり精神的に余裕が無い時が多く、年が明けてから度々見るようになっていた。先月はルパンⅢ世の孫と宣うイケオジにドイツで振り回される夢を見た。ルパンはフランス生まれだし色々と不備のある設定だが、あまりにもイケオジが魅力的だったためスマホのメモに残していた。見る夢は得てして現実的でないものが多い。
直近で見た夢では、遂にこれまで出てこなかった職場の人が出てきた。流石に夢で仕事をしていることはなかったが、起き抜けの私は夢にまで仕事が侵食していることに朝から疲弊した。世の人はどんな夢を見ているのか。以前付き合っていた恋人は、寝ている時に良く笑っていた。果たして彼の夢に私は出てきていたのだろうか。
カラオケに行けなかった替わりに、お風呂に浸かって好きな歌をひとしきり歌った後で、願わくば何の夢も見ませんようにと、私は羊を数えるのであった。