ゲイがつらつらと書くブログ。

髪を切る日

この春から職場の責任者が変わり、色々なことが目まぐるしく動いていった。

前の責任者は良くも悪くも空気のようで変化を嫌う人だったが、新しく就任したその人はビックリするほど頭の回転が早く、物事を即座に判断する。これまで停滞していたことが動き出したのは非常に良いことなのだが、そのスピードに付いていくのが物凄く大変だった。容赦なく私は怒鳴られ、同僚も先輩も怒鳴られていた。前々から知っているお局さん曰く「アレでもだいぶ丸くなったのよ」とのことらしいが、穏やかな海しか知らない港には荒れた波を受け止める防波堤は無いのである。飛ばされないように、流されないようにしがみつきながら、こういう感覚は久しぶりだなと感じた。

そんな責任者はだらしない私に「綺麗な格好をしろ」と言った。

特段汚い格好をしていたわけではなく、私としてはオフィスカジュアルを意識していたつもりだったが、どうやらだらしない服装に見えたらしい。ズボンにインしていたシャツが背中とお尻の間からはみ出すたびに、「シャツが出てる」と私に言う。

服装が割とちゃんとしている同僚に相談した私は、何年振りかにスーツを買いに行った。ブランドに相変わらず疎い私は、同僚からアレが良いだのコレが良いだの意見を貰いながら、少し高めのスーツを買った。思えばスーツだけでなく服も暫く買っていない。試着室に映る自分の腹を眺めて幻滅したが、これは怠惰が招いた結果なのだと、前よりもサイズが大きいスーツを観ながら反省した。

 

スーツを手に入れた私は髪を切ることにした。前に切ったのはGWなので1か月半切っておらず、ボサボサになってしまった。折角スーツが綺麗になったところでクシャクシャの頭ではサマにならないことくらいは、自分で理解できていた。

いつも行っている床屋に行き、バーバーチェアに座りながら、私はこれからのことを考えていた。

 

私と同時期に入社した同僚はこの春に昇進し、私よりも一つ上の立場になった。とはいえ偉ぶる訳でもなく私たちの関係は特に変わっていない。

同僚はきちんと目標をもっている人である。元々県庁所在地の市役所に居てそれなりのポストがありレールもあったのだが、何を思ってか転職し私と同じタイミングで今の会社に入社してきた。私とは採用ルートが違う、所謂キャリア組だ。会社を立て直すための、幹部候補生としての採用だった。なので私とは本来見ている世界が違うのだが、私の仕事ぶりを気に入ってくれ、目をかけてくれている。同僚は地方から単身赴任で上京し、バリバリ仕事をする。私が凄いねぇと言うと決まって「覚悟が違いますから」と言う。仕事に対して覚悟をしたことが無い私には眩しい台詞だった。

そんな同僚と夜中に2人で残業し、そのあと「奢るから」と言われ焼肉に連れて行ってもらった。同僚と言えどキャリア組の彼は私よりも給料をもらっていて、時々奢ってくれる。割勘にしようかとも考えたが、こういう時はいつも私に伝えたいことがある時だった。

ビールを飲みながら、彼から「来年本部に転勤する希望を出した」と告げられた。続けて「あと5年でここの責任者になってほしい」と。

いま会社のグループ全体で、幹部の世代交代が進んでいる。4月の人事異動で、各地区の責任者が半分次の世代に入れ替わった。同僚の昇進もその一つだ。おそらくあと5年でグループのトップが入れ替わる。おそらく今の責任者がグループのトップになる。その時右腕として本部で支えるのが同僚の役目なのだろう。本部にいる同僚が動くうえで、私が責任者であったほうが色々と良いのだろう。彼はあわよくばトップを狙うつもりなのかもしれない。

とはいえ私は上に立つようなことをイメージしていなかったし、見えないところで動き回る方が得意なのである。性格的にも目立つのは好きではないし、責任者になる覚悟なんて無いよ、と言った私に彼は言った。

「覚悟を、決めて欲しい」

強引な人だ。いやまあ強引なのは一緒に仕事をしていて充分感じていたわけだが、面と向かって言うかね、それ。私は面食らった。私は割と何でもそつなくこなすタイプで、仕事を一生懸命するほうだし、それなりに能力の評価はされていると思う。だが入社歴が浅く、何もキャリアが無い私は、のんびり気ままに生きていこうとしていたので、ガツンと殴られたような気分だった。「今日の焼肉は、重いなぁ」と言いながら私はカルビを口にした。

 

私が髪を切る床屋でも世代交代が進んでいた。これまで店長だった人がテクニカルマネージャーになり、スタッフだった人に店長を譲っていた。今までカラーと洗髪しか担当していなかった新人君が、カットさせてもらえるようになっており、私の髪を切ることになったと聞いた時、私は同僚に言われたことと重ね、年をとったのだなと感じた。

高校までは近所の床屋で散髪を済ませていたが、大学で親元を離れてから髪を切る店を自分で選んだ。顔を剃ってもらうのが好きなので、美容院ではなく床屋派なのだが、そんなことを知らずに初めて入った店が美容院で、しかも6,000円超えだったのでびっくりしたことを覚えている。その後は自分に合うリーズナブルな床屋を選んで通っていた。

社会人になり、いまの地区に住んでからは、1つの床屋でしか切っていない。選ばなければ安いところは沢山あるが、こだわりの無い私がお任せでお願いしてもそれなりに仕上げてくれる今の店が気に入っている。気付けば白髪が増え、染めないとと思いカラーをするようになった。少しでも見た目が若くありたい、と思うようになったのはいつからだっただろうか。

今回はいつもよりも短めにカットをお願いした。暑いのもあったが、覚悟を決める準備をしたかった。決めようと思ってもいきなり決められない。色々な考えが浮かんでは消え、巡っては霞んだ。余計な雑念は伸びた髪と一緒に切り落としたかった。

 

カット中に「最近ハマっていることとかありますか?」と訊かれた。こういう会話は苦手であるが、最近嬉しいことがあったので話すことにした。

人知れずYoutubeに動画を投稿していたのだが、先日登録者数が1,000人超えたのである。1年続けられれば良いかなと思いながら月に2,3回投稿していたもので、細々とやれれば良いかなと趣味程度に10か月ほど前から始めていた。収益化条件はクリアしているがお金のためにやり始めると苦痛になってしまいそうなので、まだやめておこうと思う。自分のペースでやっていくとしよう。

そんなことを話して「すごいですねぇ」と言われて喜んでいた。何の動画ですかと訊かれたが、内容があまりにもニッチすぎるのでと説明はしなかった。

 

ヘッドスパもどうですか、と言われたのでお願いをしていたら会計は12,000円になっていた。大学時代の私が知ったら腰を抜かすと思う。躊躇わずに払えるようになった私は大人になったのだな、と会計をしながら思った。

さっぱりした頭で風を感じながら、覚悟するに必要なのはあとは何かと考えた。

 

新しい一歩を踏み出すには、新しい靴のほうが気持ちが良い。

来週は、靴を買いに行こう。

 

 

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