デブといったらダイエット。
ダイエットといったら自炊。
自炊といったらスーパー。
スーパーで買うのはバナナ。
夏に己の限界を突破し、歴代体重オリンピックで金メダルを獲った。
満員電車の汗染みが、おねしょを干してる布団のよう。
恥ずかしいのに隠せなくて、背中の日本列島は沈没していく。
駅で登るのは十三階段。
デブのまま死にたくない。
棺桶に入る花が多いほど、美しいエンドロールになる。
まあ、なんていうか、という前置きをして同僚は言った。
「つまりは、食生活だと思うよ。」
それはそう、と返事をした私のシャツの腹部分は皺ひとつ無い。
ベルトの一番端の穴も、パンツの股下も、そうだそうだと賛同している。
恋愛すらしていないのに、服にフラれそうな私は、自炊を始めた。
料理は好きではない。
いや、好きではあるが自分の皿は手を抜きたい。
教員時代、給食の時間は10分でたいらげる必要があった私にとって、食べる時間より作る時間のほうが長いというのが理解できない。
コスパ・タイパという言葉は私の料理のためにある。
スーパーでカゴに入れていくのは納豆、キムチ、ヨーグルト、あと卵。
生卵は食べたくない日があるので温泉卵を選ぶ。
少し迷って、バナナを一房メンバーに追加した。
ヨーグルトにはバナナが合うんだよと脳が言っていたが、果糖にそそのかされたのだと思う。
痩せたいと口にれば、いの一番に運動しろと言われるのだが
20代の頃は身体を動かすことが好きで、朝まで踊り明かしていた。
10代でクラブの音に身を任せることを覚え、気づけばアイドルのフリコピをしていた。
選んでいた役割はいつも後列の端。
いなくても問題ないけど、いないと時々困る。
組織の最高責任者を top banana
引き立て役や脇役のことを second banana と言うことがある。
私は2本目のバナナなのだ。
中心には必ず誰かが居て、私がセンターになることは無かったし望まなかった。
そんな立ち位置が好きだった。
そんな生き方も悪くないと思っていた。
それでも私の人生は、私が主役らしい。
そう思い始めたのは30代後半頃からだろうか。
誰かのために、何かのために生きようとしている私の人生は、誰かのドラマのスピンオフ。
それはそれで心地よい。
汗だくで買い物から帰宅してすぐに冷蔵庫を開ける。
クーラーが効いていないこの部屋唯一のオアシスにメンバーを押し込む。
納豆もキムチもヨーグルトも卵もきれいに収まるのに、バナナだけうまく入らない。
独り用の小型の冷蔵庫よ、お前まで食べ過ぎたのか。
仕方がない。ダイエットに協力してあげよう。
バナナを1本だけもぎ取って、咥えながら冷蔵庫の扉を閉めた。
2本目は、涼しいところで休ませてあげる。