ハッピーエンドはエンドではなくスタートだと思う。
結ばれるまでではなく、結ばれてからが始まり。
20代の私がそれに気づくには、だいぶ時間を要した。
何人もの恋人を傷つけてきた気がする。
10年ほど前、年下の恋人がいた。
彼は料理が上手だった。
週に何度も私の部屋に来て、仕事帰りの私に夕飯を作って待ってくれていた。
部屋に引っ越すときも彼は手伝ってくれた。
このタイミングで私はベッドを買い替えた。
大学生の頃から使っていたシングルベッドを棄てて、セミダブルのベッドを選んだ。
最初にそのベッドで一緒に寝たのは、もちろん彼だった。
彼以外の男と寝るまで、そう時間はかからなかった。
年下の彼とはひとまわり近く年が離れていた。
若さ故か、一緒に寝た夜は毎回求められた。
セミダブルベッドも役割を果たせて本望であろう。
反面、私は少しずつ削れていってしまった。
そして私は、彼に隠れて他の男と会うようになった。
時に私の部屋で彼が知らない時間を過ごした。
嘘が下手なところは、私の長所でもあり短所でもある。
好きになった相手は、良いところも悪いところも増幅されてしまう。
相手が自覚していないことまで見えてしまう。
彼が私の隠しごとを知るのに、あまり時間はかからなかった。
「別れてほしい」
ベッドの上でそう切り出したのは、彼の前で正座した私だった。
全部、私が悪かった。
彼を責めるべき理由は、何ひとつ無かった。
彼は私のベッドで、他の男の影を見た。
影が気のせいではないことを知った時は、彼はどんな気持ちだっただろうか。
部屋にあるモヤモヤした残像の中で、私の帰りを待ちながら、ご飯を作っていたのだろうか。
そう考えると、情けなくて、申し訳なくて、これ以上彼を傷つけたくなくて、何より自分に正直でありたくて、私は彼に頭を下げた。
「ごめん」
ベッドの上の言葉は乾いたまま残響となり、その日が彼と会った最後の日になった。
仕事から帰ったらまず手洗いうがい。
コンビニで買った夕飯をレンジに入れる。
温まる間にスーツを脱ぎ、部屋着に着替えてベッドに横になる。
ここまでが、私のルーティン。
もしこのセミダブルに記憶があったなら。
あの日彼が見たように、
私が見ている彼の残像も見えているだろうか。
もしも。
彼と続けていけていたなら。
彼は他の男の残像を見続けていたのだろうか。
だとしたら私は――
電子レンジの音が思考を遮る。
熱々のご飯で火傷しないよう端をもつ。
指に伝わる熱と湯気が部屋に広がる。
彼はいま、幸せだと思えているだろうか。
美味しいご飯を誰かにつくっているだろうか。
私のことはすっかり忘れているだろうか。
私の残像は、彼の幸せを邪魔していないだろうか。
今は誰も使っていないふたつめの枕を
時々抱きしめながら眠りにつく。
今日のセミダブルは、少し広く感じる。