インフルエンザが大流行したこの冬。
電車の中でマスクをしている人の数が春の訪れを知らせる。
クジ運が悪い私は他人からウイルスをプレゼントされやすい。
誰に見せるでもないラウンド髭を隠すためにも、私はマスクをする。
ゲイであるという自意識とメタファーを、掌ほどの布で隠しているのだ。
マスクを外すタイミングは3つだけ。
食事、電話、そして電車を降りた後。
暑がりの私は、春夏秋冬、電車内でのマスクは息苦しくなり汗をかく。
マスクの内側は真冬の風呂場の窓ガラス。
気持ち悪くて降車と同時に外してしまう。
おそらくそのとき、女神は微笑んでいた。
仕事で長く話していると、時々酸素が足りなくなる。
会話のリズムが途切れたときに同僚に言われる。
「顔、赤くない?」
酸欠で顔が赤くなることはしばしばある。
「調子悪いんじゃない?」
畳み掛けられて、冷静に考えるとそんな気がする。
なんだか頭がぼーっとする。
恋かな。
想像妊娠みたいに相手が居なくても恋ってできるんだな。
そう意識した途端に喉と鼻の違和感に気づく。
恋ではないみたいだった。
おかしい。
ずっと手洗いうがいは欠かさずやってきたし、マスクは出来るだけしているのに。
風邪ひきの女神はめざとく隙を突いてくる。
やはりキレイキレイよりミューズにすべきだったか。
いやでもミューズは女神には適わないか。
原因を考えてはみたものの、クラクラする頭の中で泡に包まれて霞んで消えていった。
「今日はもう帰ります」
そう言った私のデスク周りがざわつく。
誰よりも遅くまでいる私が、誰よりも早く帰るなんて。
どこか悪いの?大丈夫?のシャワーを浴びた私は、たぶん風邪だと思うと答える。
後ろで女神が薄ら笑いを浮かべている気がして
身震いした私はそそくさと職場を後にした。
帰り道の薬局で葛根湯と風邪薬を手に入れる。
帰宅するや否や手を洗い、うがいをして薬を流し込む。
自覚していなかったが、かなり調子が悪かったらしい。
ベッドで横になると身体中から悲鳴があがった。
ちょっと仕事で無理してたかもな~と反省しながら、同僚の言葉を思い出した。
今の仕事が大変でどうしたらいいですかね、と別部門の同僚に相談したら
「インフルエンザにかかって1週間くらい何もできなくなると諦めがつくわよ」
私がそうだったし、と同僚はフフフと笑った。
そっか。
女神様、私にお休みを与えてくださるということなのですね。
願わくば、
もう少し穏やかに休めるほうがありがたいです。
火照る身体を持て余しながら、布団を頭から被った。