眼鏡はエロい。
かけてる時もエロい。
外す瞬間が一番エロい。
なんなら外したあとの枕元の眼鏡もエロい。
そんなことを微塵も思わせないような医者が、眼鏡をくいっと上げて言った。
「治りません。怪我ではなく老化なので」
マジっすか、と二十歳を過ぎたばかりの私は声をあげた。
背骨の形がこうなっていて、あなたの場合はここがこう。
そう説明する眼鏡の声は私の耳を素通りした。
まさかこの齢で椎間板ヘルニアになるなんて。
腰にズキズキを抱えながら、トボトボと病院を後にした。
恋の力で地球を救うと歌っていたのは誰だったか、
若者の失恋パワーは恐ろしいもので。
好きだった彼にフラれた私はヤケになり、掲示板で逢瀬を重ねては、夜な夜な求愛ダンスを踊っていた。
マッチングアプリも無く、まだmixiもTwitterも無い頃の話だ。
今ほどキャッチーに出会える時代ではなかった。
そこだけは弁解しておく。
小さい頃から猫背で、座る姿勢も悪かった。
何よりスポーツが嫌い。
腰を守るものは何一つ持っていなかった。
それでいて激しいダンスが好きなものだから目も当てられない。
あぁ、このまま青春を謳歌しきれないまま生きていくのか。
腰がズキズキと泣く度に、慰める日々を過ごした。
ワンナイトカーニバルなどと歌っていた歌もあったが、
若者の青春パワーは恐ろしいもので。
誰かと踊りたいがために私は日々筋トレを始めた。
鍛えて、踊って、壊れて。鍛えて、また踊って。
痛みと同棲しながら日々を送っていた。
そうして三十代後半になった頃だろうか。
踊る相手はいつしか年下が増え、若さを魅せる機会は減った。
私は無理をしないようになった。
落ち着いた恋を望み、ブレイクダンスより社交ダンスを踊るようになった。
腰に手を回され、慈しまれながらターンを決めたい。
かつて憧れていたようなオジサマに、私はなっているだろうか。
色気も艶もまだ足りていない気がする。
最後に恋をしたのはいつだっただろうか。
肌と髪と椎間板が年をとり、自慢の視力も霞がかかる。
目が疲れることも増え、眼鏡を買うことにした。
老いへの最後の抵抗として、度なしのブルーライトカットを選んだ。
仕事中だけ眼鏡をかける。
鏡越しに眼鏡姿の自分を見る。
やっぱり眼鏡はエロいな。
眼鏡をかけている時なら、恋ができそう。
そんなことを考えていたら、
腰がズキンと鳴いた気がした。