ゲイがつらつらと書くブログ。

10分前のチョコレート

「あなたはパラディンなの」
網の上のカルビをひっくり返しながら、は言った。
私は黙って話の続きを待つ。
「パラディンはみんなの盾になって攻撃から守るの。
元は武闘家だから、戦士みたいに武器は持たないの。
そうして傷ついたら、自分の周りに壁をつくって傷が癒えるのを待つの」
女はニヤニヤしながら、どう?当たってるでしょ?という顔で私の皿にカルビを置いた。
私はこの女が苦手だ。

 

タスクが両手両足でも足りなくなり、上司にぐうの音を出したのが年末。
タスクのひとつを、同僚の女性に任せることになった。
彼女と私の境遇は似ていた。
同学年、やっていた部活が同じ、仕事への強い思いはある。
恋愛対象が男、というところも一緒だが、その共通点は彼女は知らない。

「私、台風って言われるんです」
1年前の入職時にニコニコしながら自己紹介していた彼女は、台風だった。
思いが強すぎる。
熱量があるのはよいことなのだが、彼女は他人にも同じ熱を求める。

皆そうあるべきである。
そのほうが良いに決まっている。

その台風は周囲の家の屋根や壁を壊し、私は補修作業を行っていた。
傷だらけの私を見た上司は、彼女に私への接近禁止命令を出した。

結果、彼女は私から受け継いだタスクをやり遂げた。
私にしか手伝えない部分があり、フォローは入れつつではあるが。
おそらく他の同僚ではできなかったことなので、頑張ったのだと思う。
ニコニコしながら「お礼に焼肉連れてってくださいね」と私の周りに低気圧を発生させた。

 

追加の注文を店員に告げてから、彼女は言った。
「年末にすごく大変なことがあったの」
私は黙って話の続きを待つ。
「旦那が交通事故で車が全損しちゃって」
お身体は大丈夫だったんですか、と相槌を打つ。
「怪我ひとつ無かったんだけど、その件で男友達と喧嘩しちゃって」
私は黙って喧嘩の内容を聞く。
「それで物凄く落ち込んだんだけど、良いお友達ができたの」
追加の肉を、私はふたつ網に乗せる。
「男友達と違って、私の話を聞いてくれて、アドバイスをくれるの。
職場のみんなをドラクエに例えてくれたんだけど、あなたはパラディンなの」
レアの肉が好きな彼女は、自分の側の肉だけ早めに裏返した。

私たちの職場は仕事も人間関係も泥くさい。
管理職の私は、彼女を含めた部下たちを守る役目もある。

「あなたのMBTI、なんだかわかる」
見透かしたような顔をして彼女は肉を頬張った。
私は肉がもう少し焼けるのを待つ。
「仲介者でしょ」
ビールを空にした彼女は、したり顔で私を見た。
いえ、と一呼吸おいて私は言った。
「MBTIをやるたびに変わるんです」
食べごろになった肉を私は自分の皿に移す。
「最後にやったときは、主人公でした」
私は追加の肉をまたふたつ網に乗せた。

少しだけ驚いた表情をした彼女は一呼吸置いて言った。
「それでも、あなたはパラディンなの」
そして、と言ってまた間をとった。
「私のジョブは、なんだと思いますか?」
踊り子ですかね、と私は返す。
「スーパースターでした」
踊り子と遊び人の上位職だ、と嬉しそうに言った。
だから、と前置きして彼女はまっすぐ私の目を見た。
「私は、傷だらけのあなたの力になりたい」

 

時計を見ると、23時になろうとしていた。
「そろそろ、出ましょうか」
私は上着を手に取った。
「次はカラオケか、バーに行くか~」
彼女は私に2択を迫った。
「どちらにも行きません。帰りますよ」
上着を羽織る手を私は止めなかった。

「やだ、まだ帰らない」
「酔ってますね」
「帰りたくないの」
「とりあえず出ましょう」
「やだ~」

私は立ち上がってカバンを持った。
「とりあえず会計を済ませてきます」
伝票をもってレジに向かった。
レジから彼女の姿を遠くから眺める。
無表情のまま、何もない網を見つめていた。

「あと10分だけ」
会計から戻った私に、彼女は甘えた声を出した。
「あなたの10分は30分なんですよ」
彼女が仕事中に「10分だけいいですか」と言って10分で終わったことは一度もない。
「あと10分だけですよ」
すぐに店を出れる格好のまま、私は席に座った。

座った私が彼女のスイッチを入れたのだろうか。
「いま私が妄想していることがあって~」
「ちょっと待って」
私は制した。
「その話を聞いて、私は喜びますか。
それとも、嫌な気持ちになりますか」
あなたの力になりたい、という彼女の言葉がリフレインする。
彼女は私の問いには答えない。
「今回の件、私結構大変だったし、頑張ったんですよ」
私は彼女の目を見る。
彼女はまっすぐ私を見返す。
「それで、焼肉でありがとうって言ってもらえて」
私は黙って話の続きを待つ。
「痛み分けって感じかな」
私は目を閉じて眉間に皺を寄せた。

沈黙が続いた。
私の10分はとうに過ぎていた。
「帰りましょう」
私は席を立った。
彼女はまだ諦めていないようだったが、立ったまま動かない私を見て、しぶしぶ上着に手をかけた。


3月でも夜はまだ冷える。
足早に駅に向かおうとする私に「歩くのが早い」と彼女が言った。
スピードを落として彼女と並んで歩く。
「では、お疲れさまでした」
私は彼女の路線の駅前で言った。
「もう、終電無いの」
私の眉間だけは、寒さを感じなかった。

「駅まで、もう少し一緒に居てもいいですか」
私の路線駅までは徒歩5分。
「どうぞ」
私は返事をしながら歩きだす。

「聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「私とあなたの仕事の思いって、同じですよね」
「どうでしょうか」
「同い年だし、吹奏楽もやってたし、思いも一緒」
私は黙る。
「だから、すごく近いと思ってるんです」
「みんな、少しずつ違うと思うんです。
時々、何かのきっかけでひとつになる瞬間もある。
それは素敵なことだと思います」
私は一呼吸置いた。
「私とあなたも、同じではないと思いますよ」

「では、おやすみなさい」
私は踵を返して改札へ向かおうとしたが、彼女は私のカバンを掴んだ。
「あと10分だけ」
彼女は今にも泣きだしそうな顔で言った。
「帰ります」
「本当に、あと10分だけ」
「帰ります」
私の意志が揺るがないことで諦めたのか、彼女は掴んでいた私のカバンから手を離した。
「渡したいものがあります」
彼女は、自分のカバンから何かを取り出した。

「おめでとうございます」
彼女が両手で私に差し出したのは、小綺麗に包装されたチョコレートだった。


あと10分で、私は彼女と同い年になる。


「ありがとうございます」
賞状のように、私は両手で受け取った。


「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私は彼女に背を向け、チョコレートをカバンにしまいながら、改札への階段を昇った。

電車の中でひとつ年を重ねた私は、いつもの駅で降りた。
家に向かう途中のコンビニに寄る。
こういう時に限って、ショートケーキは置いてない。
一番小さいロールケーキとコーヒーを買う。

部屋に帰ると、朝に出し忘れたゴミ袋が私におめでとうと言う。
私はPCの画面を見ながら、ロールケーキを食べた。

カバンの中のチョコレートは、今は見たくなかった。
溶けてしまっても、構わないと思った。

 

 

 

     

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