「あなたはパラディンなの」
網の上のカルビをひっくり返しながら、女は言った。
私は黙って話の続きを待つ。
「パラディンはみんなの盾になって攻撃から守るの。
元は武闘家だから、戦士みたいに武器は持たないの。
そうして傷ついたら、自分の周りに壁をつくって傷が癒えるのを待つの」
女はニヤニヤしながら、どう?当たってるでしょ?という顔で私の皿にカルビを置いた。
私はこの女が苦手だ。
タスクが両手両足でも足りなくなり、上司にぐうの音を出したのが年末。
タスクのひとつを、同僚の女性に任せることになった。
彼女と私の境遇は似ていた。
同学年、やっていた部活が同じ、仕事への強い思いはある。
恋愛対象が男、というところも一緒だが、その共通点は彼女は知らない。
「私、台風って言われるんです」
1年前の入職時にニコニコしながら自己紹介していた彼女は、台風だった。
思いが強すぎる。
熱量があるのはよいことなのだが、彼女は他人にも同じ熱を求める。
皆そうあるべきである。
そのほうが良いに決まっている。
その台風は周囲の家の屋根や壁を壊し、私は補修作業を行っていた。
傷だらけの私を見た上司は、彼女に私への接近禁止命令を出した。
結果、彼女は私から受け継いだタスクをやり遂げた。
私にしか手伝えない部分があり、フォローは入れつつではあるが。
おそらく他の同僚ではできなかったことなので、頑張ったのだと思う。
ニコニコしながら「お礼に焼肉連れてってくださいね」と私の周りに低気圧を発生させた。
追加の注文を店員に告げてから、彼女は言った。
「年末にすごく大変なことがあったの」
私は黙って話の続きを待つ。
「旦那が交通事故で車が全損しちゃって」
お身体は大丈夫だったんですか、と相槌を打つ。
「怪我ひとつ無かったんだけど、その件で男友達と喧嘩しちゃって」
私は黙って喧嘩の内容を聞く。
「それで物凄く落ち込んだんだけど、良いお友達ができたの」
追加の肉を、私はふたつ網に乗せる。
「男友達と違って、私の話を聞いてくれて、アドバイスをくれるの。
職場のみんなをドラクエに例えてくれたんだけど、あなたはパラディンなの」
レアの肉が好きな彼女は、自分の側の肉だけ早めに裏返した。
私たちの職場は仕事も人間関係も泥くさい。
管理職の私は、彼女を含めた部下たちを守る役目もある。
「あなたのMBTI、なんだかわかる」
見透かしたような顔をして彼女は肉を頬張った。
私は肉がもう少し焼けるのを待つ。
「仲介者でしょ」
ビールを空にした彼女は、したり顔で私を見た。
いえ、と一呼吸おいて私は言った。
「MBTIをやるたびに変わるんです」
食べごろになった肉を私は自分の皿に移す。
「最後にやったときは、主人公でした」
私は追加の肉をまたふたつ網に乗せた。
少しだけ驚いた表情をした彼女は一呼吸置いて言った。
「それでも、あなたはパラディンなの」
そして、と言ってまた間をとった。
「私のジョブは、なんだと思いますか?」
踊り子ですかね、と私は返す。
「スーパースターでした」
踊り子と遊び人の上位職だ、と嬉しそうに言った。
だから、と前置きして彼女はまっすぐ私の目を見た。
「私は、傷だらけのあなたの力になりたい」
時計を見ると、23時になろうとしていた。
「そろそろ、出ましょうか」
私は上着を手に取った。
「次はカラオケか、バーに行くか~」
彼女は私に2択を迫った。
「どちらにも行きません。帰りますよ」
上着を羽織る手を私は止めなかった。
「やだ、まだ帰らない」
「酔ってますね」
「帰りたくないの」
「とりあえず出ましょう」
「やだ~」
私は立ち上がってカバンを持った。
「とりあえず会計を済ませてきます」
伝票をもってレジに向かった。
レジから彼女の姿を遠くから眺める。
無表情のまま、何もない網を見つめていた。
「あと10分だけ」
会計から戻った私に、彼女は甘えた声を出した。
「あなたの10分は30分なんですよ」
彼女が仕事中に「10分だけいいですか」と言って10分で終わったことは一度もない。
「あと10分だけですよ」
すぐに店を出れる格好のまま、私は席に座った。
座った私が彼女のスイッチを入れたのだろうか。
「いま私が妄想していることがあって~」
「ちょっと待って」
私は制した。
「その話を聞いて、私は喜びますか。
それとも、嫌な気持ちになりますか」
あなたの力になりたい、という彼女の言葉がリフレインする。
彼女は私の問いには答えない。
「今回の件、私結構大変だったし、頑張ったんですよ」
私は彼女の目を見る。
彼女はまっすぐ私を見返す。
「それで、焼肉でありがとうって言ってもらえて」
私は黙って話の続きを待つ。
「痛み分けって感じかな」
私は目を閉じて眉間に皺を寄せた。
沈黙が続いた。
私の10分はとうに過ぎていた。
「帰りましょう」
私は席を立った。
彼女はまだ諦めていないようだったが、立ったまま動かない私を見て、しぶしぶ上着に手をかけた。
3月でも夜はまだ冷える。
足早に駅に向かおうとする私に「歩くのが早い」と彼女が言った。
スピードを落として彼女と並んで歩く。
「では、お疲れさまでした」
私は彼女の路線の駅前で言った。
「もう、終電無いの」
私の眉間だけは、寒さを感じなかった。
「駅まで、もう少し一緒に居てもいいですか」
私の路線駅までは徒歩5分。
「どうぞ」
私は返事をしながら歩きだす。
「聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「私とあなたの仕事の思いって、同じですよね」
「どうでしょうか」
「同い年だし、吹奏楽もやってたし、思いも一緒」
私は黙る。
「だから、すごく近いと思ってるんです」
「みんな、少しずつ違うと思うんです。
時々、何かのきっかけでひとつになる瞬間もある。
それは素敵なことだと思います」
私は一呼吸置いた。
「私とあなたも、同じではないと思いますよ」
「では、おやすみなさい」
私は踵を返して改札へ向かおうとしたが、彼女は私のカバンを掴んだ。
「あと10分だけ」
彼女は今にも泣きだしそうな顔で言った。
「帰ります」
「本当に、あと10分だけ」
「帰ります」
私の意志が揺るがないことで諦めたのか、彼女は掴んでいた私のカバンから手を離した。
「渡したいものがあります」
彼女は、自分のカバンから何かを取り出した。
「おめでとうございます」
彼女が両手で私に差し出したのは、小綺麗に包装されたチョコレートだった。
あと10分で、私は彼女と同い年になる。
「ありがとうございます」
賞状のように、私は両手で受け取った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私は彼女に背を向け、チョコレートをカバンにしまいながら、改札への階段を昇った。
電車の中でひとつ年を重ねた私は、いつもの駅で降りた。
家に向かう途中のコンビニに寄る。
こういう時に限って、ショートケーキは置いてない。
一番小さいロールケーキとコーヒーを買う。
部屋に帰ると、朝に出し忘れたゴミ袋が私におめでとうと言う。
私はPCの画面を見ながら、ロールケーキを食べた。
カバンの中のチョコレートは、今は見たくなかった。
溶けてしまっても、構わないと思った。