ピーマンが美味しい。
生ビールが身体に沁みる。
他人の成長に感動する。
サウナでととのう。
私は未だに理解できていない。
銭湯で理解できるのは、男の身体のよさだけである。
幼少期から、自然とソレを目で追っていた。
プールの着替え中。
銭湯。
芸人が脱ぐバラエティ番組。
同級生たちと笑っている中で、私の目だけ笑っていなかった。
美術の教科書の裸婦像に声を上げる中で、私は白い彫刻から目が離せなかった。
銭湯は男女別であるべき。
それを決めた人にノーベル平和賞をあげるべき。
私は湯船に浸かりながら考える。
位置取りは入口近くを狙う。
入ってきた直後の無防備な姿に集中する。
動かすのは視線だけ。
数秒で逸らす。
目を瞑って噛みしめる。
洗い場で座る。
身体を洗いながら横目で見る。
シャワーを浴びながら鏡越しに見る。
人には見せないもの。
普段は見れないもの。
教科書の彫刻ではない。
本物を鏡の中に見ていた。
大人になった私は、色々な実物に触れた。
本物は、確かな質量と熱をもっていた。
匂いや味があることも
声や息を伴うことも
恥じらいが恥じらいでないことも
私は、知ってしまった。
私にとって、美術の教科書は資料になった。
鏡の中の映像は彫刻と同じように見えた。
手が届かない人に、胸が踊らなくなった。
露天風呂で、星が見えた。
ピーマンが食べれなかった日を
ビールが不味かった日を
私はもう覚えていない。
鏡越しの景色を探したことも
星を見つけた日のことも
いつか忘れてしまうのだろう。
それでも、あの像を見るときはいつも
少しだけ、鼓動がはやくなるのだ。