ゲイがつらつらと書くブログ。

夢見る36歳

出会い系を使ってゲイと初めて出会ったのは、大学1年生の時だった。

高校時代は携帯電話を持っていなかったので、今や廃刊になってしまったゲイ雑誌や、ゲイの個人ホームページだけがゲイの知識であり、東京には色々あるんだなと思いながらも、私は北海道で生活したいという気持ちのほうが強かったので、北海道の大学へ進学した。私は高校の頃から個人HPを持っていて、インターネットにも割と明るかったため、大学で自分の携帯電話とPCを持ち、自分が好きなように活用できるようになってから、地域の出会い系掲示板を探し出すのに、さほど時間はかからなかった。

mixiTwitterのようなSNSが無い当時の出会い系掲示板には、ただの掲示板と、写真を掲載できる画像掲示板の2種類があったが、私は自分の画像を晒すことに躊躇い、画像の無いただの掲示板を活用し、そこで一人の年上の男性と出会った。彼の言うことが本当であれば、彼も掲示板で人と出会うのは初めてだというので、私たちはお互いの出会い系処女を双方に捧げたことになる。

北海道の春は遅い。地元では3月下旬から咲き始める桜は、4月中旬から下旬に咲く。花見のピークは4月下旬からGWであり、彼と出会ったときは、丁度桜が満開だった。私たちは緊張した面持ちで出会い、会ったけどどうしましょうね、という話をした。私はまだ北海道に来たばかりで、地理的にも何もわからなかったので、必然的に地元だという彼が案内せざるを得なかった。

「桜を見に行きましょうか」

はそう言って、乗ってきたバイクの後部からヘルメットを出し、私に差し出した。自転車の2ケツは高校時代に散々してきたが、バイクの後ろに乗ったことは無かったので、私は出会い系処女と同時にバイク2ケツ処女も彼に捧げることになった。後部座席に跨り、初めて乗りますと告げた私に「しっかり捕まっててね」と言った彼の腰に手を回した。父親でもない、同級生でもない、親戚のお兄さんでもない、初めて出会った男の背中に抱きつき、彼の着ていたダウンジャケットから微かに伝わる体温を感じ、自分の脈拍が上がるのを感じていた。なんだかいけないことをしているような罪悪感と、大の男2人でバイクに乗っている様はどう見えているんだろうという羞恥心とで、私は終始落ち着かなかった。信号待ちで止まるたび、周りからジロジロと見られているような気がして、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうで、目的地に着くまで目を瞑って彼の背中に顔を埋めていた。

バイクは坂を上り、気が付くと桜が満開の公園に着いていた。私たちはそこでベンチに座って話した。お互いに人見知りだったため、私たちは探りながら言葉を紡いだ。5年後に開口一番「じゃあホテル行こっか」と言っている姿を見せたら当時の私は卒倒するのではないだろうか。何を話したかはもう覚えていないが、唯一覚えているのは「ハーフパンツでバイクに乗る人っていないから、ジロジロ見られちゃったね」という言葉だけである。まだ肌寒さが残っていたが、私は当時どんなに寒くてもハーフパンツという今では理解できない拘りがあったため、その日もハーフパンツだった。彼は嫌味っぽくもなく、そんな私を可愛がるように笑顔で言った。見られていたのは男2人で乗っていたからではなく、私の服装がバイクに乗るのに相応しくなかったからであったことを知った私は、自分の勘違いに心底恥ずかしくなった。

話が尽きかけた頃、帰りましょうかという話になり、彼が私が住んでいる家の近くまで送ってくれることになった。バイクで坂を下りながら、坂の両側も桜が満開で、坂が桜色に染まっていることに気付いた。来るときもこの景色が見れたのになと思い、目を瞑らずにいたら良かったな、と少し後悔した。

バイクから降り、別れの挨拶をし、それが彼と交わした最後の言葉となった。私は知らない人とどうメールをしていいかわからず、当時どう次に繋げていいのかわからなかった。今日は楽しかったです、また会いましょう、今度はご飯でも行きましょう。1年後に出会えていたらそんなメールを送っていたかもしれない。私に興味が無かったのかもしれないし、だいぶ離れた年下の子供に自分から行くことをしなかったのかもしれない。彼がどんな気持ちになっていたのかはわからなかったが、彼からも連絡はなかった。

もう彼の顔も名前も覚えていないが、桜を見ると、あの背中の体温を思い出す。

 

そんな私は彼と同じくらいの年齢になった。彼と会ったのは18歳の時。あれから更に18年の月日が経った。大学を卒業して上京し、東京で過ごした20代、30代前半、沢山の人と出会いがあり、それに甘えて私は古い友人をどんどん切り捨てていってしまった。学生だった頃は年上の人に随分お世話になったが、殆どの人の連絡先がわからなくなっている。携帯の番号も変わり、mixiも廃れ、メールも使っていない今、学生時代の私を知っている人で連絡がとれる人は片手で足りる程になっている。バイクに乗って桜を見た彼も、地元で何度も遊んでもらっていつか彼女と結婚するといっていたバイの人も、車で連れ出してくれて美味しいお店に連れて行ってくれた兄貴分も、皆いま幸せだと思える生活をしているのだろうか。

私は、仕事に生きようとしている。幸いにも職場にお互いに刺激し合える同僚がいるので、いつか天下とったろうぜ、という話をする。惚れた腫れた振った振られた抱いた抱かれたの話より、今はそれが楽しい。そんな自分の生き方を肯定するために、休みを返上して仕事のメールを書き、忘れた頃にブログを書くのである。施しを受けてばかりだった私だったが、いつかまた出会えたら、昔の話を肴にした後に、あの頃は聞けなかったことを聞きたいし、話せなかったことを話したい。

ずっと大人になりたいと思っていたが、18年経った今もまだ、大人になりたいと思っている。何年経っても甘えたくて、背中の体温を感じたくて、春が来るたびに桜並木の下り坂を思い出す。そしてまだまだ子供だと自分に言い聞かせながら、これからも年を重ねていくのだ。きっとその積み重ねが、私を大人にしていくのだろう。そんなことを夢見ながら、今日もメールを開き、ひとつずつ仕事を終わらせていくのである。

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