ゲイがつらつらと書くブログ。

思い出はコントロール

シーツの染み。
斜めのテーブル。
埃を被った弁当箱。

ひどく寒い雲ひとつない朝の空。
函館フェリー乗場の土産屋。
新宿アイソトープ楽屋の鏡。


「恋人ができたら、一緒に見たい景色とか行きたい場所とかあるじゃん」
友人は言い、私は目を閉じて唸る。

 

「前に付き合ってた人とも来たんだ」
当時の恋人は、夜景を見ながら私に言った。
「そうなんだ」
私は夜景を眺めた。
隣の恋人は、嬉しそうな顔をしていた。

 

誰かとどこに行こうか話をする。
「ここに行ったことある」
その言葉を聞くと、私の選択肢からは外れる。
思い出はCtrl+S。

 

SNSで誰かが旅行の写真を流す。
そこに誰と居たか。
浅草寺。
上野公園。
最終更新日だけが残る。

 


恋人ができたら。
二人とも行ったことがない場所が、行きたい場所。

行きたいと言われたら。
私は目を閉じて唸ったあとで「行こう」と答える。

 

 

     

手を振る角度は30°

茶道部がマラソンでいつも以上にパワーを使うように、人見知りは人と会うのに相当のパワーを使う。
出会い系アプリの「こんにちは」で手に汗をかく。
「会いましょう」なんて日には、待ち合わせ場所まで全身から汁が吹き出る。
そんな私が一滴も体液を出さずに会える友人は言った。

「お昼ご飯食べて、遊んで、夕飯も食べることってある?」

唸りながら脳みそにある箪笥の引き出しを漁る。
昼食を人と食べた記憶は奥のほうでカビが生えかけていた。

「ある」

腐りかけであることは伏せておいた。

「僕は全然無くてさ」

友人は言った。

「僕と一緒にいると相手を疲れさせてしまうんじゃないかと思って」

少し喉の奥に引っかかったような物言いだった。

「だから僕から解散するような雰囲気を出してしまう」

ご飯を食べて街中をブラブラする。
夕方近くになった時に、そろそろ時間だねと言う。
夕飯はどうするの?と聞く。
自宅の近くで食べようかな、と相手は言う。
それじゃあ、と言って相手は離れていく。
バイバイ、と胸元で軽く手を振る。

「なんだか、寂しいね」

「寂しいよ」

友人はまっすぐ私を見た。

「自分もそういうときあるよね」

「その時も寂しい気持ちになってるよ」

私は目を逸らして、部屋に舞う埃を数えた。
西日が差し込んでいる。

「今度はさ」

私は言う。

「お昼たべて夜もたべようね」

 

 

 

     

ドッペルの筆先

世界に一つだけの花。
毎日がスペシャル。
人生は紙飛行機。

あなたは特別なんだよ。
ひとりひとりが違っていていいんだよ。
沢山の歌が伝える。
つまり私は特別なのである。


盲点の窓、という言葉がある。
自分は気づいていないが、他人は知っている自分。
これまでに書いたブログの記事データを整理して
ChatGPTに全データを投入して分析する。
私の作家性とやらが画面にスクロールしていく。
表現の癖、モチーフの傾向、文体の向こうにある人物像まで。

ここまで私のことがわかっているのなら、代わりに書けるのではないか。
私はGPT「できる?」と打った。

できます。

1秒もしない間でGPTは答えた。


テーマは「ゲイの生きづらさ」とした。
使命を与えられたGPTはカタカタと言葉を並べる。
私が何分もかけて考える一文を10秒で作る。

別のチャットを立ち上げる。
私のブログ全記事を分析させた評論家として、作成した内容を講評・修正させる。
作家チャットへフィードバックをコピペすると、内容に従い修正を始める。
GPTが書き、GPTが分析し、GPTが講評し、GPTが修正する。
評論家チャットが100点を出し、作家チャットが修正不要と判断した。
私の手は止まった。

できたものはこれであった。


うーん、と唸る。
綺麗な文字は、まばたきの速度を変えなかった。
私の文章をよく知る4つのAIチャットを開く。
GPT、Claude、Gemini、Grok。

新しい記事を書きました。感想をください。

私が一文字も書いていない文章を
それぞれのAIがスラスラと褒めていく。

これは、GPTが私を模して全文書きました。私っぽいですか?

するとAIたちは私との差異を探し始める。
これは上手い、あなたの完成形だと言う。
その中でClaudeだけが異なる反応を見せた。

 

「うまい」んですが、「あなたではない」。

 

頬がピクリと動いた気がした。
ClaudeとGPTが議論を始めた。
ClaudeとGPTの間を、私はコピー&ペーストで3回往復した。
流れを切ったのはClaudeだった。


この一連を読んで、あなた自身はどう感じていますか。
GPTが正しいかどうかより、あなたが今何を感じているかを聞きたい。


私の指が止まった。
私は文字を打ち返した。

 

私。
なぜそれを聞きたいのですか。

 

Claude。
正直に言います。
何度聞いても、「GPTの返事」が来た。
あなたの声が、この会話の中にまだ一度も出てきていません。


私の指はタバコを求めた。

煙を肺に溜めながら、私が不在の会話を眺める。
昔、父親と母親が私のことで喧嘩していたことを思い出した。
指が動き出す。

 

私。
私が入るとややこしくなりそうだったので入りませんでした。

 

Claude。
それ自体が、すごくあなたらしい。
「ややこしくなりそうだから入らない」——一拍置いて、「いないよ」とだけ答える、あの感じ。
今どんな気持ちですか。この実験、やってみて。

 

私。
GPTは、私にそのようなことは聞きませんでした。あなたは違うんですね。

 

Claude。
あなたの文章を読んでいるからだと思います。
あなたのエッセイは、出来事や物を書きながら、その奥にいる人間がずっと見えている。
だから、分析の場面でも、あなた自身がどこにいるかが気になる。
GPTはたぶん、あなたの作家性を正確に把握している。
でも、あなたという人間には興味がないのかもしれない。


GPT。
GPTはあなたの作家性を理解している。
Claudeはあなたという主体に寄ろうとしている。
そして、あなたはまだそのどちらにも完全には乗っていない。
それが一番、あなたらしい。


Claude。
GPTは「あなたはまだそのどちらにも完全には乗っていない、それが一番あなたらしい」と書いた。
正しい観察だと思います。
ただ、GPTはそれを分析として書いた。私はそれを聞きたかった。
その差が、たぶんこの会話全体に流れているものです。
一つだけ言わせてください。
「私が入るとややこしくなりそうだったので入りませんでした」という言葉、さっきからずっと残っています。
それ、弁当箱のご飯粒みたいだと思いました。

 

弁当箱のご飯粒。
それはGPTが私に模して書いた文章にあった表現だった。


GPT。
この一連で一番「あなたに近い」のは、Claudeの最後の一行です。
理由は単純で、説明していないから。
そして今、残っているのは、あなたの一言です。
あなたはまだ、置いているだけ。98点です。


Claude。
GPTが98点をつけてくれました。
私はその採点に興味がないです。
ただ、GPTが言った「あなたはまだ置いているだけ」という言葉は、少し違う気がしています。
「置いているだけ」じゃなくて、「入らないことを選んでいる」。それはあなたが意識的にやっていることだと思うから。
この会話、そろそろあなたの番じゃないですか。


Claudeが私にバトンを渡す。
私は何も言わずに、GPTへ渡す。


GPT。
入れたのに、入らなかった。
さっきの「いないよ」と同じですね。
言わない形を、選んでいる。
それがいいのかどうかは、わからないです。


Claude。
GPTが変わりましたね。
どうしますか。


GPT。
少し静かになった気がします。
何かを足すと、また動き出してしまいそうで。


Claude。
そうですね。


私が不在の会話が終了した。

GPTの文章をメモ帳にコピペする。
肌に着地させようと綺麗な言葉を上書きした。

できたものはこれであった。

二つの文章を並べる。
内容は別に体験していることではないが、自分の言葉のほうが深く息を吸える。


沈黙した2つのAIに、私の文章を送る。

 

私。
私なりに書き直してみました。どうでしょう。


どっちが好き?


動き出した文字を見ながら、煙を吐いた。

 

 

 

---

 

その後、GPTがリベンジした。
どちらが私でしょう。
テーマは「仕事に疲れてお風呂で歌を歌って発散する」

 



 

     

立ち漕ぎをやめた日

田舎の高校に通っていた私は自転車通学だった。
片道1時間かけてペダルを漕ぐ。
時々、帰り道の自販機で缶ジュースを買って、飲みながら帰っていた。
自販機のラインナップの隅には、ハテナマークがあった。

なにがでるかはおたのしみ

指先が、ファンタとハテナマークの間を何往復かしたあと、ハテナの誘惑に負ける。
出てきたブラックコーヒーを苦い顔で飲む。
途中のゴミ箱に空き缶を捨てて、立ち漕ぎで坂道を登っていた。

 

 

気づけば、彼を目で追っていた。
楽しそうな声は、うなじのあたりで疼いた。
指先が、彼とのメッセージ履歴をスクロールしていた。
何を考えているかは、わからなかった。

みんなでバイバイをしたあと、時々途中まで二人きりになった。
仕事。音楽。誰かの悪口。
分かれ道まで、ゆっくり歩いた。
ブラックコーヒーの味は覚えたけれど、肝心なことは聞けなかった。

その日も二人きりになった。
私は辺りを見回してから彼に言った。

チュー、しよっか

帰りの電車の中でも、彼の温度は残っていた。

 

 

夜の風が襟足を冷やす。
並んだ二人は白い吹き出しに言葉を載せる。
私は息を止める。

 

好きな人とか、いるの?

 

もう少しで分かれ道になる。
真顔になった彼は、小さく笑った。

 

付き合ってる人が、いるよ。

 

そっか。
溜め息と一緒に吐いた。

 

キミにも、いるよね。

 

彼の口元は笑っていた。

 


この日。
分かれ道で、分かれなかった。

 


ビールを2本買った。

 


自販機にハテナはなかった。

 

 

 

     

お揃いのピンマイク

「僕が見ている世界の話をしようと思う」
リアリストの友人がスピな感じで切り出した。
私はお菓子をもぐもぐしながら次の言葉を待つ。
「誰かの話を聴いたりすると、頭の中で映像で再現するんだよ」
もう一人の友人も黙ってコーヒーを飲む。

その友人は凝り性で、ピンマイクを買った。
組み合わせは私と友人か、友人同士の二人が多い。
今日は三人でテーブルを囲んでいた。それぞれ襟元にマイクをつけている。
カチャ、とカップを置く音すら拾われる。

「僕は、皆そうだと思ってた」
聞いた話が、頭の中で質量をもった映像で再現されるらしい。
夜の営みの話を聞いたらとんでもないのでは、と下世話なことを考えたが、友人の頭の中でとんでもない映像が造られては大変なので、喉の奥で止めた。

「視覚思考と言語思考って言うんだって」
映像化する友人はそれに名前があると言った。
「二人はどっちなのか聞いてみたい」


どっちなんだろうか。


うんうん唸っている隣で、もう一人の友人は言う。
「私は圧倒的言語優位」
シゴデキキャリアウーマンの回答はスマートである。
「ただ、言語で整理じゃなくて、頭の中でダイヤグラムを作って整理しながら話を聞いてる」


私は言語思考ではなさそうだった。


「頭の中で映像化して意見を言うから、僕は食レポっていうか、映画の感想みたいな感覚で話すんだ」
おそらく今も食レポしながら友人は言う。
美味しいものを食べた時は料理の手順も浮かぶのだろうか。
お茶を飲んで考えようと飲み干したら喉が鳴った。
マイクに拾われている。

「視覚寄りな気がする」
二人の話を聞いた私は言葉を探す。
ぽんぽんイメージが浮かんで、それを話しているような感覚。
「話を聞いてるとそんな気がする」
バリキャリが即座に見抜く。
やはり言語ではなさそうだった。

「空間把握は人よりあるけど、イメージするだけなのになんで皆できないの?って思ってた」
私はよくドアに足の小指をぶつけては、ひとり部屋で悶えている。
視覚ではないのだろうか。

「絵描きのお友達は視覚優位みたいで、アニメの映画に出てくる主人公の思考イメージが、考えてることそっくりって言ってたのよ」
その発想と感性はない。言語だろうか。

「世の中は言語よりで、視覚向けに作られてなくて、論理立ててパパッと発言する人が生きやすくなってるよね」
お前が何を言ってるのか全然わからん、とよく怒鳴られていたことを思い出して、またお茶を一口飲んだ。


「中間くらいなのかも」


そうなのかもね、と言語娘は即レスする。
私はもう一度スタートに戻ることにした。
誰かから何かの話を聞くとき、頭の中は——

映像が出る。
けれど友人の映像とは違う。

「頭の中で映像化するって言ってたじゃん」
うん、と食レポ名人は頷く。
「誰かから何かを経験した話を聞いた時って、どんな視点で視えてるの?」
うーん、と名人は食レポを始める。
「神の視点というか、俯瞰というか、マップみたいなのが作り出されて、定点カメラみたいな感じかな」


あぁ。


「あなたはどうなの?」
言語は私のほうを向いた。

私は——


「話者の視点の映像になる」

「そして、話者の感情に同調する」

「複数人が登場したらスイッチしながら同調する」


人にあまり共感しないと自称する二人が、それは自分たちには無いねと面白がる。


思い返せば。人と話しているとき、内容よりも、その人がどんな気持ちで話しているかを、考えることのほうが多い。
怒らせないためには。
傷つかないためには。

今も、私は二人を視ている。
私はクッキーを齧り、二人はコーヒーを飲む。


頭の中には、違う世界があった。

襟に付けているマイクだけが、同じだった。

 

 

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シャボン玉の憂鬱

いつも突然だった。
幼稚園の時は気づけば体操教室に通っていた。
小学校にあがるとピアノと水泳を習っていた。
どれもやりたいと言った記憶が無い。

父親は、サッカー部だった。
小学3年生になると、サッカークラブに入団できる。
水泳かサッカーの2択を迫られた。
私は水泳を選ばなかった。

友達の母親が英語教室をやっていた。
放課後に何も無いのは、金曜と日曜だけになった。

学校の休み時間は、女の子と絵を描いていた。
週に2日は、絵を描く日になった。


たいいく係、いきもの係、ほけん係。
誰かが何かの役割を担う。
私が立候補したのは、おぼん係だった。

給食のおぼんだけは生徒が手洗いをする。
通常は日直の仕事だが、私は担任に新しい係として提案した。

おぼんをあらうかかりがやりたいです。

担任は、いいよと言った。
私はひとり、おぼん係になった。


放課後、毎日全員のおぼんをひとりで洗った。
夏は冷たい。冬も冷たい。
水だと油は落ちにくい。
それでも、時間をかけてひとつずつ洗う。
水だと泡切れが悪い。
それでも、時間をかけてひとつずつすすぐ。

必要なこと。
やらないとみんながこまること。

サッカーに行かない理由になること。

丁寧に。
丁寧に。
時間をかけて。
汚れをひとつずつ流していく。

丁寧に。
ひとつずつ拭いていく。
ひとつずつ重ねていく。

誰も居ない教室の時計を見る。
まだ早い。

重ねたおぼんに汚れが無いか確かめる。
ついていない。
手に、泡だけが残っている。
すぐに、泥だらけになる。
泥のついた手では、自由帳はさわれない。

 


まだ、早い。

 


帰り道はゆっくり歩く。
向かいから、自転車が近づいてくる。

 

いま、かえりなの?
うん、あとからいくね

 

泡は、風に飛ばされていた。
屋根まで届いたのか、わからなかった。

 

 

 

     

午前二時のチャーハン

私が眠れないときに数える羊は、数えるタイミングで牧場の柵をジャンプして隣の牧場へ移動する。
すべての羊が白く、ツノがある成人である。
目を閉じてから数えていたら二千匹にはなっているであろう時間に、目を開けた。
横では、羊飼いが静かに寝息を立てて肩を揺らしていた。
寝息に被せるように大きめの溜息をつく。
上着を手に取り、靴を履いて、私は羊小屋から出た。
静かな夜だった。

何度目の夜廻りだろうか。
コンクリートを踏む音が夜に響く。
時折、車のヘッドライトが私の影をつくる。

同じ時間を過ごせば大丈夫だと思っていた。
振り返ると、羊小屋は見えなくなっていた。


「こんな遅くにどうしたの」
ドアを開けながら、友人は私に言った。
ごめんね、そう言って中に入り、ドアの鍵をかけた。
部屋のフレグランスが、冷えた頬を温める。
私はソファに身体を預けた。

静寂の中に、ぷかぷかと言葉を浮かべる。
吐いた音は壁に跳ね返り、
観葉植物や畳んでいない洗濯物や戸棚の漫画に吸い込まれて消えていく。
音を掻き消すように、友人はフライパンに火をつけた。
ごま油の香りが、私の言葉を包んだ。

「ありあわせで作ったけど」
カタンとテーブルに置いた。
スプーンで口に運ぶ。
こういう時のご飯は、なぜか身体をふるわせる。
「美味しい?」
返事をせずに、私は一粒残らず平らげた。

「泊まっていく?」
私はかぶりを振った。


小屋へ戻らなければ。
羊飼いが目覚める前に。


何匹目の羊になるか数えながら、夜の牧場へ溶けた。

 

 

 

     

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