ゲイがつらつらと書くブログ。

スライド・オア・ホールド

電車内で妊婦に席を譲ったら、全然関係ない中年男性が悪びれなく割り込んで座り、更に憎まれ口を叩いたとかいう事象についてTwitterで盛り上がるや否や、ネットニュースになったりなんかもして盛り上がる直前のこと。

私はたまたま友人とそれに近い話をしていた。

 

先日、お付き合いしていた人と別れた話を友人にしたら、いたく心配してくれ、週末にカラオケに行くことになった。カラオケの前にご飯でも食べようと、近くにある美味しい洋食屋に連れて行ってくれた。相変わらずこういうところはちゃんと調べてチョイスするなぁ、とここ数年はほぼ松屋福しんでしか夕飯を食べていない私は唸る。福しんで冬に限定で登場するニラそばがお気に入りなので、週に2~3回は無駄に精力をつけていた私は、オシャレな洋食屋のドアを押すのに若干の勇気を使った。

バルサミコ酢で皿のフチにデザインが描いてあるランチプレートを食べながら、ここ1か月くらいのことを振り返っては、友人にあれやこれやを話した。私のやることなすこと全部が思うような結果にならなくて、もしかしたら私のしていたことは間違っていたのかなと話しながら、中学校の教員だった時代にクラスでやった道徳の授業を思い出した。

 

道徳の授業といえ、学校の授業には学習指導要領がある。簡単に言うと、この授業のこの単元での生徒の目標はこれです、という指標になるものである。自分の担当教科であれば、これが正しい、これが間違い、なぜならばこう、ということが説明できるのだが、道徳はそれが難しい。道徳は教科書と言わず副読本と呼んだりするのだが(文科省が道徳を「特別な教科」扱いとしていたから教科書と言って構わないと思うが)、道徳の教科書には人の心を考えるような話が沢山掲載されている。それぞれの話は学習指導要領の項目ごとに分類されており、この話ではこの心を深めていきましょう、という構成である。

その中で、電車内の広い座席を高校生が部活の荷物を置いて、年配の男性に注意されてしまう、というエピソードがあった。話の中では、高校生は注意された後、何も言わずに荷物を持って別の車両に移り、電車の中は空虚な時間が流れた、というような描写で終わっている。

道徳の内容項目としては「遵法精神・公徳心」の分類にあたり、簡単に言うと、社会の中で人に迷惑をかけないようにしましょうね、ということなのだが、学習指導要領解説を参考にすると、高校生の対応をどう考えるかに焦点が絞られていた。中学生になれば大体の生徒はそんなことわかっているわけで。学年主任が、道徳の時間は次はコレを全クラスで統一してやる、と言い出してから私は少し憂鬱だった。

実際に授業を進めたとき、何が起きたかというと、高校生の対応や態度も勿論悪いけれど、年配の男性の注意の仕方もおかしい、という意見がそれぞれ挙がった。そうなる予感はしていたというか、私もそう思っていた。反抗期を迎え、大人に対して敏感な中学生なので、彼らは私以上に大人に対して厳しい目で見ることは想像に難くなかった。だから学習指導要領解説の進め方は気に入らなかったし、かといって遵法精神・公徳心を深めるにはどうしたらいいかと考え、「では高校生はどうすれば良かったのか、年配の男性はどんな風に声をかければよかったのか、考えて実際にやってもらいましょう」と班活動で考えさせて、いくつかの班で実際に演技をしてもらう、ということを提案した。今の中学生がどんな風に注意されれば言うことを聞く気になるのかという参考にもなったし、やってみると案外楽しんで深めてくれたようで良かったように思う。元々道徳というものには答が無く、考えることに意味がある、と研修でも言われていたので、これで何かを考えるきっかけになれば良いかな、と思ったし、正しいと思っていることは間違いかもしれなくて、間違いは1つだけではないかもしれないと、その時思ったのである。そんなことを思い出した。

 

中学生くらいになると大体そんなことわかってる、と私が言ったくだりで、友人

「でも今は家庭でそんなこと教えてないかもしれないから、教えてあげないといけないのかもね」

と言ったので、確かにそうかもしれないなぁと反省していると「電車と言えばさ」と友人が切り出した。 

 「電車で座ってて自分の両脇が1人分ずつ空いててさ、そこに2人乗ってきて近くに来たら、横にスライドして空けることって、あるじゃん?」

「あるね」

「こないだ自分がそれで横にスライドしたら、その人たちお礼も言わずに黙って座ったんだよ、おかしくない?」

 「自分だったら、お礼は言うよ」

「だよね!でさ、これおかしくない?っていう話を友達にしてたら、『席が空いたところに座っただけだから、わざわざお礼とか言わなくない?』って言われてさ。別にお礼を言われたくて席をズラしたわけじゃないけどさ、気遣いに対して感謝の言葉を言うのって、当たり前じゃないの?」

 

時代だなあ、と思った。

私は友人の言いたいことも、気持ちもすごく良くわかる。それが時代なのか、土地柄なのか、個人差なのかはわからないけれど、他人に関して無関心で、優しくできない時代になっているな、と思う。人が人に優しくする暖かい話も、いつしかそれが本当か嘘か、そちらのほうが大事になってしまっているように感じる。それが良いとか悪いとかは私はあまり考えないことにしている。考えてしまうとストレスになるし、それが時代の流れであれば流されるしかないや、と流れにプカプカ浮いているのが私である。そして浮いているうちに、その流れが正しいと思ってしまうこともある。いま現在、私が座席を横にスライドする確率は、60%くらいだ。色々なことを見なかったことにして座席をホールドすることもある。しかしそれじゃダメだなぁと思ったので、スライドの確率を上げていきたい。

友人とはそういった価値観が割と合う、というか私が共感してばかりな気がする。友人と私で違うのは、「これおかしくない?」と自分の気持ちを言えるか、「時代だなあ」と流されてしまうか、というところである。こんな風に私が思ってるけど口に出さないような気持ちを代弁してくれるときが多々あるので、そういう時は心の中でイイネのボタンを連打している。そしてそういう時は、この人と友人で良かったなと思う。私が別れてしまった人とは、こういう話で共感できることは殆ど無かったな、とも思った。

 

そのあとは二人で3時間カラオケをした。

音楽の趣味は別に合うわけではないが、いつも二人でカラオケに行くときは、お互いがお互いの歌をなんとなく聴いて、なんとなく楽しんでいる。

「これはお前とカラオケするときにしか聴かない曲だ」

そう言って、友人はニヤニヤしながら私の歌を聴いていた。

 

 

好きだけじゃだめなんだ

何年か付き合っていた人と、先日別れを迎えた。

彼は別れたくないと言っていたし、私も別れたくはなかった。

 

彼のことは好きだった。

 

だけど、お互いにお互いを理解することが本当に難しくなってしまって、私がボロボロになって耐えられなくなってしまった。同じ部屋で暮らしていて、自分が当たり前だと思っていたことが、彼にとっては当たり前ではなくて、なんでわかってもらえないんだろうと思うことが毎日続いた。好きという気持ちだけで今までなんとかやってきていたけれど、自分が大切にしたいと思っていたことを大切にしてもらえない日々を過ごすうちに、好きかどうかもわからなくなってしまった。

彼のほうも理解しようと努力はしてくれていたし、私も彼のことを理解しようと努力はしていた。そう、お互いに努力はしていた。それでもやはり、私の心を打ち砕くような決定的なことが重なり、私は自分の気持ちを保てなくなってしまった。彼と私が唯一違ったのは、彼はそのことに対して、良くも悪くもナーバスになることは無かったことだ。私もそんな風に生きれたら、とは思うが、そんな風になりたくはない、とも思う。

 

私は、彼と共に2人の人生を歩むつもりでいた。おそらく彼は、彼自身の人生のひとつの要素として私という存在があっただけなのだと思う。パートナーでも家族でもない、彼の人生のアクセントのひとつだったのだ。その違いに気づいてしまった時から、私の中から好きという気持ちが少しずつ薄れていってしまった気がするし、彼と2人で描こうとしていた未来が描けなくなってしまった。

 

そして、彼は今よりも遠く離れた土地で生きることを決めた。

 

毎日一緒に居て、お互いが努力しているのにも関わらず分かり合えないのに、さらに離れて暮らすことになったとき、私たちはどんな関係になるのだろう。今よりも良い関係になるとは思えなかったし、これ以上苦しい思いもしたくなかった。私にとって彼がどんな意味を成すのか、彼にとって私は何なのか、考えても考えても、悲しいくらい良い答が出てこなくて、私は別れることを決めた。

 

彼のために、時間や友達、仕事、趣味、色々なことを犠牲にしてきた。今更戻れないという思いもあったが、それ以上に、私の人生で犠牲とするものをこれ以上増やしたくなかった。とはいえ、犠牲にすることを選択したのは私だし、その点について彼を責めるつもりは毛頭無い。もう私は大人なのだ。自分の人生を他人の所為にするほど、落ちぶれてはいない。そう自分に言い聞かせて、今は先のことだけ考えることにしている。

これまで何人かと付き合い、別れてきて、その度に色々なことを学んできたつもりだったが、今回学んだことは「お互いがどれだけ好きでも、二人でどう頑張っても、理解し合えない人間は、恋人や人生のパートナーになれない」という、当たり前といえば当たり前の、なんとも悲しい教訓だった。もし時間が戻せるなら、彼と出会う前に戻したいけれど、どうせできないことなので、願うくらいは許していただきたい。

 

 

彼と別れてから、誰かに話を聞いて貰おうと思った結果、私は元カレに連絡をとった。当時私の身勝手で酷いフリ方をしてしまったので、どんな顔をされるか些か不安ではあったが、数年ぶりに会った私の話を色々聞いてくれた。時が経つのは早いもので、付き合っていた当初20代前半だった元カレも、もう30になろうとしていた。

「そういえば前にTwitterで、どっかのゲイが『別れました』って報告をしてた時に、リプで『お疲れ様』ってその人の友達が言ってて、『お疲れ様って、それってどうなの?』って炎上してたんだよね」

元カレが場を持たせようとしたのか、何気ない話題をしてくれた。私もあと5年若かったら、Twitterに別れました報告をしていたかもしれない。

 

しかし私はつい先日、友人に別れを報告したときに「お疲れ様」と返事を貰っていた。

それに対して失礼だと思うことはなかったし、友人は私が恋愛に疲弊しきっている様子を何度も何度も見ていたし、時には手を差し伸べてくれていたので、その一言が私にとっては有難かった。うん、もう、本当に疲れたよ、とその返事を見ながら私は思った。Twitterで炎上したそのゲイのことは良く知らないけれど、何か疲れる恋愛をしていたのかもしれないし、単にそういう文化なのかもしれない。最近は理解できない若者やゲイの文化が増えてきて、年をとったなとしみじみ感じさせられる。

 

しばらく恋愛はいいかなぁと思うけれど、またそのうちするかもしれない。付き合いはじめの頃と比べると、気軽に遊べる友達が極端に減ってしまったので、また人間関係を一から始めないといけないのが出不精の私にとって最大の難関だが、前向きに考えて生きていかなければならない。

 

今30代半ばだが、思い返せば20代の頃、30代のキラキラした大人に何度もトキメいてきた。今度は私がそうなっていなければならないし、そうありたい。

 

 

一枚の付箋

職場の話。

 

私は現在、大学で派遣職員として勤務している。とはいえ、大学との契約が派遣というだけで、別の会社(ここでは本社と記述する)の正社員である。大学内の業務を業務委託として請負うために、派遣職員という形で所属し、業務の分析を行い、提案し、委託化するといったミッションを持っている。私は、業務委託を請負う本社の正社員なのである。昨年5月下旬に入社したので、まだ1年も経っていない上、全く知らない業種に1人で放り出されたため右往左往していたが、(自分で言うのは憚られるが)持ち前の能力とコミュニケーション力で無難にこなし、しかも新規開拓の職場で1人派遣で入っているところを、4月から2~3人の業務委託契約まで繋げた薄給の私は、会社的には充分貢献していると言えるのではないだろうか。


そんなこともあってか、本社が主催する下半期の優秀者の一人として推薦されることとなった。日頃から「この給料でこれだけ仕事する人いないですよ」と同僚や直属の上司(♀)に愚痴っており、その甲斐あって4月からは大幅に昇進することになったが、傍から見たらモンスター社員である私なので、多少配慮をされた形でもあると思う。先日、その推薦者が集まるパーティーに参加をしてきた。


推薦者が何人位いるのか、そのパーティーでは何が行われるのか、あまり知らないまま参加した私も悪いのだが、上司の「楽しんできて下さい」という一言を信じて某ホテルへ向かった。会場はホテル最上階のレストラン。普段大学で仕事をしているときはネクタイを締めないのだが、本社でノーネクタイだと色々言われるので、今回もそのパーティーだけのためにネクタイを締めて向かった。派遣先で許されていることが本社で許されないという、よく分からない風土である。というか、本社の風土はとても古臭い。1970年代に創立し、創業40年以上と私が生まれる前からある会社だけあって、古い文化が未だに残っている気がする。上司はどちらかというと私と同じ考えであり「今の制度は良くない」ともしている上で「変えようとしているが、正しいことを言うだけでは変えられないし、女性というだけで虐げられる。それに実力どうこうよりもゴマすりで伸し上がってきている人が殆どだから、逆に実力がある人は叩かれたりする」と言っていた。上司は歯に衣着せぬ物言いをする人なので、アグレッシブな表現をしてしまったのだろうということは想像できたが、会社のためになることを言ったり実行したりしているのに叩かれるとは。小学生が教室でマジメに掃除をしていたら同級生に「なにお前マジメにやってんだよー」となじられているのと一緒である。その話だけで社内の人間の器の小ささを表現するには充分である。


パーティーにはおそらく会社の重役や役職者が参加するであろうことから、彼らがどんな人間性なのかを確かめるのも一つの目的であった。果たして私は、この会社に居るべきなのか、給料は上がるのか、上に立つことができるのか、可能性を探りたかった。別に私は偉くなりたいわけではない。給料を上げたいのである。この会社でそうなるためには、偉くならないといけない。それなりの仕事をしてそれなりの対価を貰えれば私としては不満は無いし、なるべく早くそれなりの仕事をしたいと思っている。能力だけではなく外堀を埋めるような人海戦術も必要であるので、社内の役職者に顔を売る絶好の機会であると共に、自分の今後の判断をするきっかけとしたかった。

 

結果として、私は絶望した。

 

ネクタイをしっかり締めて向かったホテルの最上階の受付では、名札とプログラムが用意されており首から提げてレストランへ向かった。そこで出迎えていたのは、色とりどりの蝶ネクタイをつけた会社の重役や管理職であった。楽しい雰囲気を作り出したいのは分かった。私は中に入ってプログラムを見た。そこには私と同様に推薦された社員の氏名と部署と功績が書かれていた。全部で40名程であろうか。本社の社員の人数から換算すると全体の13%くらいであろうか。功績は一行で簡単に記されているので、どの程度貢献したかもわからないし、果たしてこれが貢献なのかも理解できないものもある。というか新規顧客とのそこそこの額の新規契約という、少なくともここ数年できていなかったことを1年もかけずに1人で行った私と同じくらいなのかというと果たして疑問である。もしその結果をこのパーティーのみで終わらせようものなら、温厚な私でもブチギレ確実である。


そんな私を余所にパーティーは始まった。重役の挨拶に始まり、予め指定されたテーブルで料理を食べる。同じ部門の人間が同じテーブルに集められたが、それぞれ違う場所で派遣や業務委託で働いているため、面識が全く無い。しかも職種柄、8名いるテーブルで男性は私だけであった。各テーブルには重役がそれぞれついて場を取り持つ予定だったらしいが、私のいるテーブルには重役が居なかったため、誰も口を開くことなく黙々と食べる行為のみが行われた。とはいえそれは忍びなかったので私が「皆さん初めましてなので自己紹介しませんか?」と口火を切って、なんとなく自己紹介が始まった。そういった役回りは割と得意なのでそれぞれの紹介を回していくと、不思議なことを言う人が何人かいた。

 

「私、なんでここに推薦されたのかわからないんです」

 

会社として業績を上げたわけでもなく、何か貢献したわけでもない人もどうやら居るようだった。おそらくだが、この推薦者たちは「各部署から必ず一人誰かを推薦しなければいけない」というルールの元に推薦されたのではなかろうか。そう思ったときから、私はこのパーティーの趣旨をなんとなく理解し始めていた。

 

これは、単なる飲み会だ。

 

上半期、下半期の推薦者を呼んで高価な食事を楽しんでほしいと謳いつつ、ただ飲み食いをする場なのだ。推薦対象者は40名、しかしそれ以外に所属長や管理職が20名ほどいる。表彰とは名ばかりの、ちょっとリッチな立食パーティーに過ぎない。集まった推薦者から、この場に呼ばれて嬉しい、という発言も無ければ、達成した充実感を顕わにする人もほぼ居ない。そのくせ、運営側の所属長や管理職はいかにも楽しそうにその場を過ごしている。目的が業績を達成した社員への還元であるのであれば、あまりにも運営側の独りよがりではないだろうか。


途中で席替えがあり、指定されたテーブルへ向かった。同じ部門だけでなく、他の部門の社員や重役とも交流を図れということだ。テーブルには2人の重役が居たが、どちらも私とは異なる部門であった。さて、どう出ようかと思っていたが、重役2人は自分の所属部門の部下とだけ話し、私を含む他の部門の社員とは名前を訊いたのみで以降は一言も口を聞かなかったのである。人見知りか。人見知りなのか。だとすると何のためにここに居るのか、その蝶ネクタイは飾りなのか。蝶ネクタイひとつで道化を演じられると思っているのなら浅はかなことこの上ない。しかも重役は社員にどんな仕事をしているのか聞くわけでもなく、ずっと自分の話をしているのである。部門の異なる私含め数人は取り残されたままであった。

重役2人のうち1人は取締役の男性だった。部下の綺麗めの女性とだけ楽しそうに話し、時折身体を小突いたりしてスキンシップを図っていた。いや、それセクハラやん。私は最近見た「セクハラと訴えた女性は嫌がっておらず拒否しているようには思えなかったとのたまう男性」というヤフーのニュース記事を思い出していた。

 

それでも金一封でもあればまだ我慢できる。それだけあればもう他のことには目を瞑っていい。と半ば諦めた気持ちで、ジンジャーエールと間違えて手にしたハイボールを飲みながら私は思った。そんな中、司会の女性社員がゲームをするとアナウンスしていた。

 

「ゲームは、本日来ている取締役3名にまつわるクイズです!」

 

ほう。

 

「商品は、なんと…金一封です!」

 

本日一番聞きたくなかったワードである。
商品として金一封が用意されているということは、ゲームに勝たなければ貰えないということである。説明によるとクイズは3択で勝ち残り制であり、取締役1名につきクイズ優勝者1名に商品がもらえる。つまり貰えるのは3名のみである。40名中3名、確率は10%以下。

 

「第1問、取締役Aさんの血液型は?」

 

知らねえ。

 

そしてしょうもねえ。

 

完全に運ゲーのクイズになんとなく参加するも2回とも初戦敗退。もはや勝っても負けても嬉しくない戦いであった。3回目も参加するかーと思い腰を上げたところ、どうやら3人目の取締役に関してはクイズではないらしい。

 

「取締役Cさんはクイズではなく、Cさんとじゃんけんして勝った人がもらえます!」

 

小学校の給食であまったプリンの争奪戦か、はたまた結婚式の二次会か。じゃんけんて。何度か勝ったが優勝できるはずもなく、怒りに任せて何度か拳で空を切っただけだった。ほとほと呆れたところで一本締めとなり、解散となったが、セクハラじゃないかと前述した取締役は、先程セクハラしていた女性社員の肩を抱いていた。取締役だし誰も言えないけど、私は忘れない。いつかの武器にとっておこうと思ったが、その写真を撮るのを忘れていた。

帰り際にお土産としてパウンドケーキを手渡された。引き出物か。私が欲しいのはケーキではない。お金も勿論欲しいのだが、一番欲しかったのは、「あなたのおかげで成功した、ありがとう」であった。心にぽっかりと空いた穴に、帰り道の北風が吹き込んでくる。なぜこんなに寂しい気持ちになるのだろう。

 

 

大学で派遣として働いているが、本社でこういうのに推薦されたんです、という話をしたら皆喜んでくれた。派遣先の所属長ともう一人にしか伝えていなかったのだが、当日の朝には部署の皆が知っていて、おめでとうと言ってくれた。いつも私にお菓子を与えて餌付けしてくれる女性社員がいるのだが、その人は大きめの付箋に"表彰状"として日頃の感謝の気持ちを手書きで綴り、私の机に貼ってあった。


私は、人の心を動かすのは、最終的には人の心だと思う。派遣先の職場の人たちが本当によくしてくれて、その人たちの為に頑張ろうという気持ちになる。私は高いディナーよりも、お土産のパウンドケーキよりも、金一封よりも(貰ってないけど)、派遣先で頂いた一枚の付箋のほうが嬉しかった。同時に、自分の本社に対する憤りは増し、今後の身の振る舞いを考えていかなければならないな、とパーティーの招待状をシュレッダーにかけ、ノートに付箋を貼り付けた。

足りないピース

弟の話。

 

年末年始に特に予定は無く、一人で紅白を観るのもなんだか味気無いなと思い、仕事を納めてから割とすぐに、実家に帰ることにした。母に訊いたところによると、年が明けてからは、弟家族も妹家族も実家に集合するとのこと。家族、という表現をしたが、弟も妹も結婚しており、共に子供が3人ずつ居る。つまり私にとっては甥と姪が、両親にとっては孫が、現在6人いる。両親と私を含めると、年始は13人が実家に居ることになる。

 

年末は両親と3人でのんびりだらだら過ごし、年が明けて妹家族が到着してから一気に実家は嵐のようになった。妹の子供は一番大きくて5歳、一番下は0歳。遊ぶ、笑う、喧嘩する、泣く、眠るを繰り返し、あらためて子供のもつエネルギーの大きさに驚く。果たして私はこんな子供であったのだろうか。

子供がひとしきり動いておとなしくなったあと、両親・妹夫婦と私でお茶をしていた。その際に、先日あった弟との話題を出した。弟と会話が上手くできなくて、悲しくなったよと。欠席裁判のような感じがして少し後ろめたかったが、他の家族がどのように弟と関わりあっているのか知りたかった。最もその話を面白がっていたのはであり「えー!そんなことも話したのー?」と教室で恋バナをする女子高生のように食いついてきた。

そんなリアクションをはじめとして、弟に対する見解は皆、割と同じ方向を向いていた。母も妹も、弟と会話するとやり込められたような気分になるらしく、私と抱く印象はほぼ同じであった。父は何も言わなかった。どういう気持ちなのかはわからないが、言いたくないことかもしれないので私は何も訊かなかった。驚いたのは妹の旦那である。

「あの人は我が強いからなぁ」
そう言ったのだ。

我が強い。妹の旦那にとって弟は義兄であるが、丁寧な人だと思っていたので、そんな彼に我が強いと言わせるような何かが、彼と弟の間にあったのだろうか。

 

しかしとんでもないことである。

弟を擁護する様な意見が一つも出てこないのである。
そしてそれに対してヤバいんじゃないかと思っている人間がおそらく私しか居ない。明日実家に帰ってくる弟に居場所はあるのだろうか。平和な正月を過ごせるのだろうか。

 

そして弟家族が実家にやってきた。弟も生まれたばかりの一番下を含む3人の子供を連れてきたので、リビングはごった返していたが、家が大きめなのでなんとかなっていた。実家は大きめの一戸建てだが、それを見越してこの大きさを建てていたのだとしたら、父は賢い選択をしたと思う。

折角家族が集まったのだから、と夕飯を実家でとる際に父の姉である伯母夫婦を呼ぶことにした。伯母夫婦には子供はおらず、そのため私たち兄弟は小さい頃からとてもよく可愛がってもらった。よって夕飯時には15人となった。流石に15人で囲めるほど大きいテーブルは無かったので、ダイニングに大人が、ひとつづきのリビングに子供たちとその母親がつき、夕飯を食べていた。

自然にというか、案の定というか、伯母夫婦もよく喋るので昔の話に花が咲いた。長男で一番よく可愛がられていた私に関する話が多いので、その度に妹の旦那は「またお義兄さんの話ですか!」とツッコミを入れるが、もうそんなことには彼も慣れているのでその言葉を潤滑油にして話はまた広がっていく。妹の旦那は、そういった空気を読んだりバランスをとったりするのが上手である。いまだ父に冷たい態度をとる妹は見習うべきだと思う。

 

そこで事件は起きた。

話は私たち兄弟が小学生の頃に遡った。私は気づいたら習い事をさせられていた。ピアノ・水泳・サッカー・英語、今思えばよくあれだけやれたなと思った。妹はサッカーではなく新体操だったが、ピアノと水泳と英語は気づいたら兄弟皆やっていた。しかしピアノに関しては、私と妹は中学終わりまで習っていたが、弟は小学校の3,4年くらいで辞めてしまった。伯母はそこに言及したのである。

私はそのとき食卓におらず、台所で洗い物をしていた。田舎のため、洗い物や家のことは女性がやるような風習があるのだが、妹も弟の嫁も子供の相手で大変なので、嫁が居ない私が自発的に洗い物を行っていた。一人で帰ってきてもちゃんと家のお手伝いとかはしますよ、嫁とか必要ないですよ、という無言のアピールでもある。

ダイニングと台所はひとつづきなので、顔も見えるし会話も聞こえる。すばやく食べ終わった私が色々と洗っていると、伯母の声が聞こえてきた。

「そういえば、2人ともピアノ続けてたけど、あなたは途中でやめちゃったわねぇ」と。

別に嫌味でもなんでもなく、思い出したように言った伯母に対して、は言った。

 

「あれは、教育方針が間違ってた」

 

…えっ

 

…どういうことなの

 

一瞬、弟以外の全員の表情が凍りついたのを私は見逃さなかった。

しかし弟はそれだけでは終わらず、何がどう間違っていたのか説明し始めた。幼少期に強制された学習は~とか、やりたくないことをやらせ続けると~とか、そんなことを言い出し、最終的にはもう一回「教育方針が間違ってた」と言って締めたのである。

弟に力説された伯母は、悲しい顔をして一息つき、こう言った。

「そう…あなたは、そう思うのね」

 

弟よ、いま間違っているのは、君だよ。

 

 仮に昔の教育方針が間違っていたとして、それを指摘したところでどうしたいのか。同じ食卓に居る自分の両親を非難したいのか。自分のせいではないと主張をしたいのか。

伯母さんがそんな話をしたのは君を非難したいわけでも反省してほしいわけでもないよ。ただ昔の話をしたいだけだよ。もう何回会えるかわからない伯母さん夫婦と食事をしているんだから、どうせなら楽しい気分で帰ってもらいたいじゃない。久しぶりに元気な姿が見れて良かったわ、楽しかったわって、そう言ってもらえるように持て成すのが、昔可愛がってもらった甥と姪の役目であり、仕事であり、思いやりではないのか。伯母さんにそんな言葉を言わせるなよ、と私は怒り心頭でその会話を聞いていた。

しかし私がここで怒るのは得策ではない。一番ベストなのは同じテーブルにいる父が何か言うことだ。別に他の話でもいい、会話をリードしてくれ。これ以上弟に喋らせないでくれ。そんな私の願いを余所に、父は何も言わずに夕飯を頬張っていた。父よ。ああ、父よ。教育方針が間違ってたって、親のあなたを否定していることにもなるんですよ。黙ってたら認めてしまうことになるじゃないですか。悲しいからそんなことにさせないで。そう思っていたが、この件に関して父が食事以外のために口を開くことはなかった。

 

決して家族仲が悪いわけではない。ただ時々、どうしてもピースが見つからないジグソーパズルのような状態になる。そのピースは父が持っていたり、母が隠していたりして、ひとつの絵にはならない、穴があいた状態になるのだ。私はその穴が嫌いだし、だから色んな方法で埋めようとはするのだが、すべてのピースを持っているわけではないし、同じピースでもはめられる人とそうでない人がいるのだ。

結局「そういえば前に~」と話題を変えたのは妹の旦那だった。できる、あんたできる人だよ。もうあんたが弟でいいよ。

 

後からあれは間違いだったと言うことなんて簡単だけど、両親の場合はそうだっただけだと私は思うので、決して間違っていたとは思えないし、思っていたとしても伝えたところで過去は過去である。

教育方針が間違っていたと言っていた弟には、いま子供が3人居る。彼はどんな子育てをし、どんな家族を築くのだろう。それを隣で聴いていた弟の嫁は、どんな気持ちでいるのだろう。

まだ何もわからないであろう6人の子供たちを見て、彼らのこれからが幸せでありますように、と願いながら、私は次々と増える洗い物を片付けていた。

他人の背中

の話。

 

「今度東京に行くんだけど
 よかったらご飯でも食べない?」

弟から連絡が来て衝撃が走った。

弟と二人でご飯を食べる。

それだけ聞けば大したことないと
思われるかもしれないが
私にとっては一大事だった。

なにせ弟とは普段全く連絡をとらず
二人だけでご飯など行った事が無い。

LINEの履歴を見てみると、
弟から最後に連絡が来たのは2年前。
しかもその内容は
「年賀状を送るから住所を教えて」
というものだった。

とはいえ、弟から誘ってくるなんて
これは何かあるのかと勘繰ったが
折角なので会うことにした。
自分はその日仕事だったので
終わった後に職場の近くで待ち合わせて
適当に居酒屋で一杯呑んだ。

 

私は今年になって転職をした。

割とブラックな職場だったのだが
今は定時に帰れるホワイトな職場だ。
人間関係も程よくやれているし
安い給料以外は満足している。

久しぶりに会ったので
とりあえず自分の新しい仕事の話とか
生活の話とかをした、のだが。

 

会話が噛み合わない。

 

「朝5時半に起きてたのが
 今は7時半で良くなったから
 2時間長く寝てられるんだよ」

と言った私に対して弟は

「え、そんなの、
 2時間早く寝れば良くない?」

と言ったのである。

 

いや、そうなんだけどさ。

 

そして、土日は何してるの?
と私は弟に聞かれたので、
「最近はドラクエばっかりしてて
 全然外に出てないなぁ」
と割と正直に、
半ばツッコミを期待して言ったら

「家から出ないんだったら
 家賃のこと考えると
 東京に住む必要なくない?」

と言ったのである。

 

いや、そうなんだけどさ。

 

そんな風に基本的に私の話に

「それはこうじゃない?」

「こうすればいいんじゃない?」

と返してくるのである。

 

いや、そうなんだよ。

言ってることは間違ってないし
確かにそうなんだけどさ。

私が話したいことって
そういうことじゃないんだよ。

そして全部に異論を唱えられると
自分が、これまでの人生が、
今まで経験してきたことが、
否定された気がして嫌だった。

 

弟は論理的で頭がいい。
職業も医者である。
今回も東京には学会で来ている。

中学・高校もお互いあまり家におらず
大学もそれぞれ遠方だったので
気持ちのすれ違いはあっただろうし
それは当たり前だと思っていた。

でもなんだか、
幼い頃に一緒に過ごしていた
あの頃の私と弟の関係からは
だいぶ変わってしまっていて。

話しても話しても同じなので
弟とは分かり合えない気がして
私はなんだかとても悲しくなった。

そう弟に告げたら

「なんで悲しくなるの?」

と言われてしまった。
彼としては普通に会話してるつもりで
別に喧嘩を売っているわけでもなく
私を蔑むわけでもないのである。

 

私はただ

弟である君と

お互いが何してるのかとか

元気にやってるのかとか

悩みがあったら聞いたりとか

何でもない話をしたかったんだよ。

 

何が正しいか、間違っているのか
他に別の考え方があるのか
議論をしたかったわけじゃない。

それさえも感じてもらえなくて
それさえも伝えられなくて
ただただ、悲しかった。

 

そして、突然連絡くれたけど
何かあったの?と聞いたらば

「色々考えすぎたりするときに
 今までしたことが無いことをすると
 新しい刺激を得られるんだよ」

さすがにこの返答には
私はもう笑うしかなかった。

果たして私は
彼から兄だと思われているのか。
ただの新しい刺激のひとつなのか。

そんなことは無いとわかっていても
なんだかやるせなくて、悲しかった。

 

2時間ほどで店を出る際に
弟が「俺の方が稼いでるから」
支払いをしようとしていたので
「さすがにここだけは
 いい格好させてくれ」と
なんとか財布をしまわせた。

 

またねと見送った弟の背中は
幼い頃に見ていた背中じゃなく
なんだか他人の背中に見えた。

 

 

 

プラトニック・ラブ

今まで付き合ってきた人は
付き合う前に身体の関係があったが
唯一そうでなかった人がいた。

付き合った人としかしないと言われ
付き合ってから初めてしたのだが
結局私の不貞で別れ話になった時に

「あなたとのセックスは最悪だった
 全然気持ちよくなった」

と言われたのは生涯忘れないと思う。

 

下世話な話だが、
私は付き合う人の条件として
「セックスが飽きない」を挙げている。

他にも色々条件はあったりするのだが
長続きする要素のひとつとして
私の場合はこれがある。

 

私と友人はあまりそういった話はしないが
友人は当時付き合っていた彼氏と
セックスが無いことを悩んでいた。

正確に言えば、友人というよりも
友人の彼氏のほうが悩んでいた。

友人は性に対しては淡白なほうらしく
そこまで相手に求める訳ではないらしい。
が、彼氏のほうはそうではなく
どうやら悶々としているらしい。

そしてそれを言い出せないでいるらしい。

そんな友人の話を聞いて
「マジかよ」の声と共に私の頭の中で
価値観の相違という言葉が巡っていた。

 

「最後にしたのはいつなの?」
そうが聞いたのだが
友人の答は私にとって驚くべきものだった。

 

「そういえば、付き合ってからは
 ちゃんとしてないかもしれない」

 

私は二度目の「マジかよ」を発し
「付き合ってどのくらいだっけ」
と訊いた。

 

「半年以上経つかな」

 

三度目は飲み込んだ。

それは私にとっては苦行である。
付き合った彼氏と半年以上も
セックスが出来ないのである。

「彼氏は、したいっぽいんだけどね」

そりゃそうだろう。
年齢も友人より下のその彼氏は
おそらくそれなりに
性欲を持て余しているであろう。

「さすがにそこまで無いと
 彼氏も可哀想だよ」

大きなお世話を私は言った。

価値観は人それぞれとは言うが
価値観をあまり押し付けない私が
こんなことを言うのは
自分でも珍しいと思う。

私も30代半ばであるので
流石に20代のような勢いは無いが
衰えつつも未だ性欲はある。

 

「自分でも、相手しなきゃな
 とは思うんだけど、
 なかなか気分が乗らなくてさ」

難しい問題である。

嫌々相手をされるのも
彼氏としては不本意であろうし
乗らないままするのも
友人としては不本意であろう。

別にお互いが嫌とかではない。

好き同士なのに
恋人同士なのに
幸せになれないセックスもあるのだ。

 

それ以上私が干渉する権利も必要も
別段無かったので
この件に関しては触れないことにした。

 

なんのために身体を重ねるのか。

思い返せば私も
色々なセックスを経験した。

愛し合うためのセックス。
繋ぎとめるためのセックス。
忘れるためのセックス。
復讐するためのセックス。
何の意味も無いセックス。

抱く理由も抱かれる理由も
結局本人にしかわからないのだ。

友人がしない理由も
友人の彼氏が言い出せない理由も
私にはわからないし
わかろうとすること自体
それは私の傲慢なのである。

 

願わくば。
次に友人と彼氏がする時には。

お互いがしたくてしてたらいいなと
他人事ながら私は願った。

 

 

 

一度だけ抱きしめて

友人と出会って1、2年経った頃だろうか。
は友人に旅行に誘われた。

「来月、俺の誕生日なんだけど
 一緒に旅行に行かない?」

行き先は某避暑地。
1泊2日のお泊り旅行だった。

「でもさ、誕生日なんだから
 私じゃなくて彼氏と行ったほうが
 良いんじゃないの?」

「そこなんだが」

友人には当時彼氏がいた。
しかし遠距離恋愛であったので
も会ったことがなく、
どんな人物なのかもよく知らなかった。

「最近上手くいってなくてさ
 しばらく連絡もとってない」

元々は彼氏と2人で行く予定だったらしく
旅行の計画を1人で立てていたのだが、
関係が微妙なので一緒に行くのを
やめて他の人を誘うことにしたらしい。

「誕生日だし、それまでに仲直りして
 彼氏と行けそうだったら行ってね」
ということを付け加えてOKした。

 

旅行の1週間程前くらいだったか。

「彼氏と別れた」

と友人から連絡があり、
旅行の相手は私となることが確定した。

私の予定では、友人と彼氏が仲直りし
土産を貰うとともに
面白い話でも聞くはずだったのだが。

別れてしまったものは仕方がない。

 

旅行当日。

移動のためにレンタカーを借りた。
私はペーパードライバーなので
友人が運転をする。

なんだこれは。

まるでデートじゃないか。

私が焼いてきたCDをBGMにしながら
助手席で窓の外を眺めていた。

 

 

夕飯を食べて泊まる所に辿り着いた。
静かな林の中にある
ペンションのようなところだった。

随分洒落たところだなと思いつつ
ここは自分が来るべき所なのか
そんなことを思った。

それは今日車に乗った時からずっと
私の頭の片隅でグルグルしていた。

 

本当に自分が来て良かったのか。

 

もっと他に良い人がいるんじゃないか。

 

誰でも良かったのか。

 

余計なことを考えてしまうのは
私の悪い癖だ。
もちろん楽しかったし
食べたご飯も美味しかった。

友人も、楽しんでいるように見えた。

 

 

夜がきた。

それぞれシャワーを浴びた私達は
ツインベッドに各々横になった。

部屋の電気を消すと、
月と外灯の光とカーテンで
部屋の中が薄い青に染まった。

 

目を閉じると風の音と虫の声。
静かな夜だった。

 

「寝れそう?」

 

隣のベッドから友人の声がした。
友人はすぐには寝付けないようだった。

「まだ、寝れないと思う」

本当はちょっと眠かったけど
友人は何かを話したいようだったので
そう返事をした。

 

 

 

「さみしい」

 

 

 

そうか。
そうだよね。

 

「こっちに来て」

 

「うん」

 

私が友人のベッドに潜ると
友人は私の胸に顔をうずめた。

なんて言えばいいのかわからなくて
ただ黙って、肩に手を回した。

 

 

友人のことを抱きしめたのは
彼が私に弱みを見せた
あの夏の夜だけである。

 

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ