ゲイがつらつらと書くブログ。

最後の砦

仕事の話。

 

毎月定額で月に10回まで整体をしてもらえるというプランが近所の整骨院にあり、1月頃から週2回ほど整骨院で整体を施してもらっている。ここ2週間は毎日筋トレをしているにも関わらず時折腰が痛むので、どういうことなのかと自分の身体に問いただしたいが、問うたところで腹の贅肉はぶるぶると笑うばかりだったので、整体師のお兄さんに聞いてみることにした。「では身体の筋肉がどう使われているのかをチェックするプランがあるのでいかがですか」と言われ、お兄さんの爽やかさと私のNOと言えない性格がシンクロナイズしたため、1,500円程度のオプション料金を支払い、チェックをして頂くことにした。

キャバクラには行ったことはないが、おねだりされてついついお酒を頼む心理ってこういう感じなのかと思いながら、筋トレしてるからそれなりに筋肉はついてるんじゃないかなぁ、体格が大きいから人並みに筋肉はあるしなぁ、とナメてかかっていたところ、「お腹とお尻のインナーマッスルが5段階でいうと2ですね」と、これまた爽やかに現実を突きつけられた。学校の通知表ではほぼ4か5だった私にとって2という数字はあまりに衝撃的で、さらに筋肉から力が抜けていくのを感じた。

ボロボロの成績を元にインナーマッスルを鍛えるトレーニングをしながら、整体師のお兄さんと会話をする。ものぐさな私は、接客されている時に雑談をするのがあまり好きではなく、床屋で髪を切ってもらっている時なんかも会話を盛り上げる気持ちになれないのだが、流石に週2回も通っていれば慣れてきたのか、仕事の話をするようになっていた。トレーニングの後、いつも通りの整体の施術が終わったときに、お兄さんは今のプランとは別にインナーマッスルを鍛えるトレーニングの回数券があるんです、と私に話した。まぁ、そうなるよね、うん、そんな気がしてた、そう思いながら私は、これからのスケジュールについて話さざるを得なかった。

「今月で今の仕事を辞めて、来月から別の会社に転職するんです。新しい仕事のスケジュールによってはあまり通えなくなるかもしれないので、それはまた考えさせてください。」

お兄さんは残念そうな顔はせずに、「そうですか~それではまた新しい仕事が落ち着いたら、身体の調子を見てまた考えてみてくださいね」と爽やかな営業スマイルを添えて優しく言ってくれ、別にタイプではないけれど好きになっちゃってもいいですかと心の中で呟いた。

そう、私は今月末で今の会社を退職するのだ。

 

退職を決意したきっかけは2つあった。

 昨年の4月、私の職位は上がった。正社員の一般職のランクには2段階あり、ここでは上の段階をA、下の段階をBとすると、A・Bそれぞれの給与テーブルが細かく30段階ほどある。給与テーブルをそれぞれLv1~Lv30とすると、一般職のランクはBのLv1~AのLv30までで60段階あることになる。1年間の評価で上がるのはせいぜいLv3程度が通常らしいが、社内で最初の成功事例を成し遂げたこともあり、貢献度が高かった為か、BのLv15からAのLv10まで上がった。1年目でBからAになること自体かなり珍しいことのようだったが、給与テーブルとしてLv25も上昇したのも異例だったようである。

職位がBからAになる対象者は、人事からの説明と社長との面談があるということで、指定日に本社へ赴くことになった。当日は私を含めて5名おり、まとめて会議室で待たされた後、人事担当から新しい辞令と次の職位Aの給与テーブル月給一覧がそれぞれ配布され、各自で給与テーブルと号給を照合して昇進後の月給を確認することになった。給与テーブルを見ながら私が顔をしかめていたのに気づいたのか、人事担当が給与テーブルについて補足情報というには小さすぎる爆弾を投下してきた。

「BからAになったことで月給が下がっているのですが、賞与を含めると年収ベースでアップしています」

 虚を突かれたとはこういうことを言うのだろうか。言っていることは理解できるのだが、BのLv30からAのLv1では、BのLv30のほうが2万円程月給が上なのである。それなりに月給があるのであれば誤差と言えなくもないが、私たち一般職は薄給のためこの差はかなり大きく、生活レベルを考え直す金額である。幸いにも私はLv25上昇ということもあり月給が落ちていることはなかったが、それでも月1万円アップ程度だったため、糞デカ溜息をつきそうになるのを懸命に堪えていた。私以外の4名はおそらくそこまで昇給していないことを考えると、彼らの心中は計り知れない。彼らはテーブルを見つめたまま凍って時が止まっていたので、それ以上そちらを見るのが憚られた。

人事担当は説明を終え、「それでは社長がいらっしゃるまで暫くお待ちください」と会議室を後にした。時が止まった会議室に時間が戻り、リラックスしながらこの給与テーブルはなんなんですかね~と私の言葉を皮切りに雑談し、少なくともあの給与テーブルを見て嬉しくなった者は一人も居なかったことが確認できた。やれやれムードの中、社長が登場した。

「みなさん昇格おめでとう」と言った後に社長は何やら話し始めた。どんな話をしていたか覚えていないが、その程度の話だったのだろう。途中「○○という言葉を知っていますか?」と何度かこちらに横文字の言葉を問う場面があった。皆が知らないと答えると、「では帰ってから調べてみてください」と丸投げされた。説明しないんかい。せめてこれからのビジネスシーンにおいて何の役に立つかだけでも言わんのかい。と思ったが早く終わってほしかったので、はい、とだけ答えた記憶はある。なんかあまり好きになれないなこの社長、と思っていたところに今度は個人に話を振られた。君はいまどこで勤務していてどんな仕事をしているんだい、君は以前あそこで話をしたことがあったね、と本人にとっても他の人にとっても有益ではないだろう話を振っていた。最後は私であったが、私のこれまでの経歴についての話だった。「君は昨年入社してきたばかりだったね。前職は何をしていたんだい?」と履歴書を見ていないのかと思わせる質問をしてきたので、以前は教師をしていて、その前はIT系でSEをしていましたと答えた。今とはカテゴリの違う2つの業界だったので、職歴としては半端に見えるかもしれないが、この経験のお陰で仕事で成功を収めることができたので、その辺を掘り下げるのかなぁと思っていたら、社長はとんでもないことを言ってきた。

「君の経歴は、別にユニークでは無いね」

教師をしていた人は他にも社内に居るし、SEをしていた人も居るよ、と続ける社長の言葉に、二度目の虚を突かれた。えっ、なんのために聞いたの。喉まで出かかったが飲み込み、その後の社長の絡みはすべて当たり障りなくスルーした。

私が期待しすぎていたのかもしれない。昇給に関してはともかく、会社に貢献してこれから頑張って貰いたい社員を応援するような言葉を、社長はかけるものではないのか。思えば月に1回メールで送られてくる「今月の社長のお言葉」みたいなものも中身が無いし共感できた試しがない。上っ面の知識をひけらかしてポジションに胡坐をかいているような社長に尊敬の念を抱くはずもなく、この会社に長く居ることは無いな、と私はそのとき思った。これが転職を考えた1つめのきっかけである。

 

そんなこんなで半年過ぎた頃、常駐先では現場のリーダーとして程よく仕事を回していた私を上司が急に呼び出した。仕事後に現場の近くで上司と、私の現場の担当ではない営業が来て、「2日後から別の現場に行ってほしい」と要請された。私がポカをして左遷されるというわけではなく、別の現場で産休に入る担当者がおり、後任を充てていたのだが、顧客から後任の担当者にバツがついてしまい、その代わりも充てられず物凄く怒られているらしく、他に任せられる人がいないとのことだった。とはいえ、2日後から急に現場を離れるとなると、こちらの顧客も黙ってないだろう。私以外に人誰か居ないんですかね、と言ったが「貴方が最後の砦なんです」と上司に言われた。人材不足すぎるのでは。思うところはあったが、私も会社の正社員、私が断ることで会社の評価が悪くなるようなことはしたくなかったし、私の現場の担当者も業務に慣れて育ってきたところだったので、会社から顧客に説明をきちんとしてもらうことを条件に了承した。

上司に冗談っぽく、これで成功したら給料上がりますかね~、と言ったら「最終的にどのくらいの給料を希望しているの?」と上司に聞かれたので、このくらいですかね、と言ったところ「それくらいだと管理職にならないと難しいなあ」と言われた。私は決して吹っ掛けた金額を言っているわけではない。私の現場にも担当営業はいるが、私が顧客との調整や、担当者の教育や、見積書・提案書・契約書の作成や、新規部署のビジネス獲得を1人で行っているため、担当営業は放置していても問題ない状況だし、社内での話によると、こんな現場は他には無い。それにプラスして他の現場のトラブルを解決し更に案件獲得できるような人材であるなら、月給を数万円上げる程度、会社への貢献度からしたら大分コスパが良いと思うのだが。しかも管理職ですらそのくらいしか貰えないのか。社長の件はあれど、それなりに給料が貰えるのであれば頑張れるかな、と思っていたところにこの返答だったため、私のモチベーションの最後の砦は音を立てて崩れた。これが成功したところで私にはあまりメリットが無いし、成果を出しても見合う対価は無い。これが転職を考えた2つめのきっかけである。

新しく兼任となった現場では、トラブルを解決するどころか、このままずっと居てほしい、と名指しで言われるくらいには関係性が良好になったので、私が退職する旨を伝えたことで非常に落胆させてしまったのが残念である。なんとか私の後任が決まったが、決まったのが退職直前だったため、引継業務に追われ、さらに営業が作れないと泣きついてきたため私が提案書を作るハメになった。どれだけ放置してたんだと怒鳴りそうになったが、出来ない人に無理なことを要求しても仕方が無いし、私も中途半端なまま退職したくなかったので、残った有休はほぼ消化せずに月末を迎えることとなった。そして半年以上営業が作れていなかった提案書を、私は徹夜に近い時間までかけて2日で作り上げ、上司と担当営業にメールで送りつけたのが一昨日のことである。

 

30半ばにして中途半端な職歴の私にとって、転職活動は困難を極めたが、人の縁なのかタイミングなのか、運良く次の会社への内定を貰うことが出来た。通勤時間は1時間超から30分程度に変わり、年収も今の1.5倍はあるので概ね満足している。成果主義の文化らしいので、あとは私自身がどれだけやれるかにかかっている。

昨日は一仕事終えて寝不足のまま整体に行った。肩こりが酷い私は、仰向けの体制で肩の筋肉を指圧で小刻みに揺らされ、いつも腹の余分な肉が一緒に揺れて気になっていたのだが、昨日は疲れと仕事を終えた満足感のせいか気にならなかった。整体師のお兄さんと、来月からの新しい職場の仕事のことや、どうやってインナーマッスルを鍛えていこうか、などと話しながら、小刻みに揺れる私の腹の肉を眺めていた。

 

 

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